楽園へのドア⑫


(こ、これは、あの時の……!!)

 右足に衝撃を受けた正体は、まさにこれであった。酷く鋭い何かによって、息を呑む間もなく膝下が切り落とされたということだ。

 エリックは、押し寄せる風圧に耐えながら酷く混乱していた。激痛が身をよじり、踏ん張りの利かぬ虚空がさらに精神的追い打ちをかける。

 覚悟はしていた。命はとうに無いものと考えていた。しかし、当初の任務すらこなすことが出来ず、このまま不能の限りで事を終えるのは不本意である。

 エリックは激痛に顔を歪め、同時に背筋に妙な寒気を感じ始めていた。それでも彼は奥歯を噛み締め直し、ひたすら外壁を右手で仰いだ。

 彼は意識が遠のくのを感じながらも、必死で暗闇に目を凝らした。

 案の定、どもが、この闇の虚空を翼を広げて漂っていた。流れ滑るような飛空と見事な旋回を繰り返しながら、跳ね飛ばされたエリックの身体を探し回っている。

(奴らがやったんだ……。このあっしの気配に感づいて……)

 ひたとも音を立てず、闇の虚空を飛び回る化け物たち。その様は、あたかも過去の人類が想像するに容易い悪魔の如き異形――。

 それもその筈で、彼らは蝙蝠のような大きな羽に、五指の先端にはまるで鎌のような黒光りした細長い爪を生やしている。

(あっしの右足は、きっとあの爪で……)

 熟した果実でも削ぎ落したかのように持って行かれたのに違いない。

 無念であった。流石に本能で恐れをなして、採取装置の引き金を引けなかったことが悔やまれてならぬ。

(許してくれ、シンシア。そして愛する息子たちよ……。父ちゃんは、天国のお前たちに何も土産話も持って行けねえままこの世を旅立とうとしている……)

 かなちょろのエリックは、初めて任務中に泣いた。彼はこれほどまでに悔しい思いをしたことが無い。

 相手が人間ならまだしも、それを超越した悪魔的な存在である。そんな相手に手も足も出ず、見の心もボロボロになって屈服してしまうのがどうにも悔しくて堪らない。

(奴らは、元が人間であっても、人間のようで人間でない……)

 そう考えるだけで、身がよじれる程の想いがある。

 だがしかし――

(も、もしかすると……)

 もしかすればだが、何か手立てがあるやもしれない。あのの情報を後進に残す方法が残されているかもしれない。

 その時、エリックの脳裏に一筋の光明が走ったのだ。


 

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