楽園へのドア⑩



 正にそれは、集団としての犠牲心。軍の〝草〟として役目を果たして来た彼なりの生き方そのものなのである。

 エリックの手は震えている。とうに覚悟は出来ていた。がしかし、生物的な恐れだけは本能的に収まらない。

(なんてこった……。ここまで来て、あっしがこんなにぶるっちまうとは。それほどまでに奴らには恐るべき力が秘められているので御座いやすかね……)

 目の前には、漆黒の死刑執行隊の一体が羽を収めて静かに佇んでいる。果たして彼らは眠るのか。それとも不眠の生き物なのか。知覚の範囲はどれほどのものか。嗅覚は強いのか。視覚は広いのか。ましてこのような夜中にあっても、その有効な認知はどれほどのものなのか――。それは全て藪の中。今の時点で全く謎なのである。

(もしかすれば、もうあっしの動きが奴らにバレているやもしれねえ……)

 そう思えば思うほど、何故か手が縮こまり、指の先端の感覚が不確かになって行く。

 さながら人間という生き物は、正しく動物そのものである。時にこのような場合にあっては、理性や知識、さらには後付けの訓練などすら役に立たない場面がある。

 それは、こういった今までに存在し得なかった脅威に対峙した時に他ならないからである。

 言うなれば、融合種ハイブリッダーとは、人間やアンドロイドを上回るために秘密結社〝黄金の円月輪〟が研究を重ね進化させた存在なのだ。そういった種族に危機を感じ、本能的に身震いするということ自体の方が本来の感覚として正しいと言えるのだ。

 とは言え、かなちょろのエリックとしては、それで納得出来るものではない。人智を超え、人の力を容易に超えるようなものであれば、それは彼ら人間としてとても放っておけるものではない。

(とにかく、あっしはやつらのDNAサンプル採取が役目なんだ。それさえ果たせばこの世に何も思い残すことはねえ。それさえ完遂すれば、情報は後進の仲間に引き継がれ役立てられる。あっしとしては、それでめでたく妻のシンシアや息子たちのところに旅立てるって寸法なんだ……)

 エリックは震える手を抑え、再び詰め所に俯いて佇む融合種ハイブリッダーの一体に狙いを定めた。

 その時である――


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