楽園へのドア②


 正太郎がそう叫んだ刹那、この車両の乗員の殆どがそれに反応した。

「あっ! 本当だ、ありゃヴェ、ヴェロンだ!!」

「一番ヤバい肉食植物よ!!」

「たたた、大変だ! この車両が狙われている!!」

「お、おおい! 誰かヴェロンを! ヴェロンを退治してくれえ……!!」

「責任者! この乗り物に責任者はいないのかあ!?」

 寝静まっていた乗員たちは一様に飛び起きて、空を見上げ大声を張り上げた。 

 とは言うものの、この車両には元から乗組員の姿は見当たらなかった。ただ、自動音声ガイダンスに従って誘導されただけなのだ。責任者どころか、それに対処する人影すら見当たらない。

「だ、騙された! やっぱりこの話は嘘だったんだ!」

「そうだ、あの戦艦の声の連中はヴェロンとつるんでやがったんだ!」

「ああ、楽園なんて夢見るんじゃなかった!」

「ええい、そんなことよりも、誰かあのヴェロンを何とかしてくれえ!!」

 人々は一瞬にしてパニックに陥った。それもその筈で、このヴェルデムンドという世界に住む人々にとっての最大の脅威は何と言っても肉食系植物の襲来なのである。その恐怖は表面的というよりも、心の奥底の最下層レベルにまで落とし込まれ、今はただ人類の天敵として認識されてしまっている。

 ここの乗員の殆どが恐怖に打ちひしがれ、冷や汗と脂汗まみれで天井を見上げている。あの緑色の大きな物体に、薄っぺらい偏光シェードを破られでもすれば、それは確実な死を意味するからだ。

 正太郎は歯を食いしばっていた。そして時機をうかがっていた。今ここで彼が目立った行動を起こすわけにはいかない。目的を見誤ってはいけないのだ。

 その昔、彼の師であるゲネック・アルサンダールに凶獣ヴェロンの対処術は教授されていた。それさえあれば、この場を何とかしのげなくもない。しかし、この場の乗員の全てを守り切れるものでなければ、被害を最小限度に抑えられるほどのものでもない。ただ、ヴェロンを格闘術のみで退治するといっただけなのだ。

 そして何と言っても浮遊戦艦に無事辿り着くまでは事を荒立てたくはない――。

(どうするよ……俺。今の俺には、ここにいる全員を助けられるほどの力も無ければ、それ相応の武器の持ち合わせもねえ。だからと言って、このまま奴にやられるのを待っているってのは正直性分に合わねえぜ……。さあ、どうする。どうするよ……)




 

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