第十四章【楽園へのドア】
楽園へのドア①
正太郎は未だに寝付けなかった。
この輸送車両内には、聞こえるか聞こえないかほどの音楽が流れている。何とも音色の柔らかさが心地よい。その意図には、ここに集った人々の不安や猜疑心を緩やかに消し去ろうとの目論見が含まれているのであろう。
そんな人々の目的とは正反対の正太郎ですら、
(まったく、どこまで用意周到なんだか。これじゃあ、ホントに天国にでも連れて行かれちまうみたいじゃねえか……)
と、うっとりと目を細めてしまう。
彼は、大きく深呼吸して気を取り直した。そして薄目で辺りをそっと見渡す。
すると、今は真昼間であるにもかかわらず、偏光シェードに覆われたことに因って薄暗く、車内はまるで
薄っすら透けて見える窓の外を窺うと、巨木の森の木々が幾万本にも及ぶ横線によって全てが彩られていた。にもかかわらず、そんな風切り音や木の枝に擦れる音すら車内には伝わって来ない。
これには驚いた。正太郎がヴェルデムンドに移り住んで以来、こんな仕様の優雅な乗り物に体を預けたことは一度もない。いくら最先端のフェイズウォーカーに搭乗したとしても、その乗り心地はあくまで戦闘マシンのそれ以上でもそれ以下でもない。しかし、この輸送車両はたかが人を運ぶだけの車両とは言ったものの、この中にいるだけで野蛮なる外界とは一線を画してしまっているのだ。それはまるで、一瞬にして極楽浄土にでもトリップしたような感覚に近い。
(まったく、凄まじい演出だぜ。ここまでコスト度外視で人を呼び込むなんざ正気の沙汰じゃないね。これがホントに楽園のドアの一歩手前だって言うんなら、民衆は間違いなくこっちを選ぶに決まってらあ……)
ヴェルデムンドの戦乱以前と比べれば、確かに科学は飛躍的な進化を遂げている。
しかし、こちら側の世界に住む人々は、余りにも争いごとや肉食系植物との攻防によって、そういった安らぎを追及することを
正太郎が少年時代まで住んでいた日本は、その真逆であり、いかに安らぎと癒しと利便性を追求するかがビジネス基盤のテーマであった。
(そんな時代もあったっけなあ。何だか忘れていたよなあ、こう言った感覚……。悠里子が死んじまって以来、俺の人生は波乱の連続だったものなあ……)
正太郎が大きく溜息を吐いてふと天井を見上げた時である――。
「な、何だあれは……!?」
偏光シェードの向こう側に、大きく獰猛そうな黒い影が現れた!!
「あ、ありゃあ、ヴェロン! 凶獣ヴェロンだ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます