神々の旗印210


 正太郎は彼らのやり取りを聞いて思わず大声を張り上げてしまった。

「な、何ィ!! 鈴木源太郎だと!?」

 なんと、新納と名乗る男は、この老婆を彼の探し求めていた博士、鈴木源太郎だと言うのだ。

「ほう、聞こえておったか、若造。ようこれだけ離れて小声で話しておるのに聞こえるものじゃのう

「婆さん、俺ァな、昔から耳も目も鼻も舌も飛び抜けて感覚が良いんだ。その程度のヒソヒソ話なんて耳元で囁かれているのも同然さ!」

「ほうほう、さすがは〝適性体〟なだけの事はある」

「そ、それよりどういうこったい!? アンタらの今言ったその鈴木源太郎という名前……」

「何も驚くことはありゃんよ」

 老婆はそう言って、気だるそうに腰を持ち上げて正太郎の方に向き直ると、

わしがお主の探し求めておった鈴木源太郎じゃ」

 と、また奥に籠った不思議な笑い声を上げる。

「だ、だけどよ、アンタ……どこからどう見ても婆さんそのものだぜ?」

「ああ、この姿かえ? これは儂の意思……と言うか、儂の知識と知恵と経験を寸分違わぬレベルで受け継いだ〝適性体〟じゃ。名前はと申す。元々は江戸の大店おおだなに生まれた三人娘の一人じゃ」

「な、何ぃ!? 江戸って、あの江戸時代の江戸のことか!?」

「いかにもそうじゃ。それ以外に江戸など存在せんよ」

「じゃ、じゃあ……、アンタの言っていた二百五十年って……」

「そうじゃ。儂の知識と経験はは、代々選りすぐられた〝適性体〟の身体を引き継ぐことに因って受け継がれておる。そして、このもその一人じゃ」

「その一人じゃ……って、アンタ、そのお絹さんは二百五十年も生きて来たのか!?」

「いや、そうではない。よもや信じられぬとは思うが、お絹は〝適性体〟として深い山の奥の氷のむろの中で眠らせておったのを蘇生させたものじゃ」

「そ、蘇生!? じゃあ、天然のコールドスリープということか?」

「まあ、そういうことじゃな。あの時代ではまだ冷凍技術も進んでおらんかった。そこで、我々の組織は、儂の意識を受け継いでくれる〝適性体〟を選りすぐり、それを山中の奥深くに眠らせておったのじゃ」

「なんと……。しかし、よくそんなに上手く事が運んだものだな」

「いいや、現実などそう甘いものではない。のう、貞興……」

 老婆が言いつつ、もう一人のスーツ姿の男に目をやると、

「はい、源太郎様。いささか、思い出したくは御座りませぬが、この新納貞興。殿もこの私めも、彼らの犠牲の土台があってこそ、今があると考えまする」

「犠牲? それはどういうこったい?」

 すると、また老婆が話に割って入り、

「このお絹な。まあ、これも儂なのじゃが……。このお絹の身体とて、何百体と眠りについた〝適性体〟の中の一人に過ぎぬ」

「一人? てえことは、後の人たちは……?」

「無論、全員そのままあの世に逝って給うた。その将来を、氷に閉ざされた室の中でひっそりと、な……」

「なんだって!?」


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