神々の旗印201


 彼は、ゲッスンの谷にあるウェグナンスゲート繁華街のとある酒場で、一人現地名産の蒸留酒を片手に一杯ひっかけて管を巻いて居た。

「チイッ……、おいマスター。今夜の酒は酔えねえ、全く酔えたもんじゃねえぜ。この店は酒の代わりに麦茶出して高い酒代でも取るようになったのかい!!」

 案の定、正太郎は荒れていた。彼ははなっから、この世界は努力さえすれば必ず報われるものだとは思っていない。しかし、全身全霊、全財産を賭けてまで費やした労力が現実のものとなって結果に表せないのは、人生の中で何より苦しいものである。

「お客さん、困りますね。わたくしの店は、これこの通り殺風景では御座いますが、それに引き換えこの界隈でも上等の酒しかお出ししないことで通っております」

「しかしよ……しかし、全然酔えねえんだよ!! この俺ァ、全く酔えねえブルースと全く酔えねえ酒だけはどうあったって許せたもんじゃねえんだよ!!」

「ならば店を変えなさい。どうやらうちは、今のあなたの口に合う酒を置いていないようだ。そう、今のどうしようもないあなたにはね……」

 正太郎は何も言葉を返せなかった。

 今の自分自身がどうにもやるせない事は分かっている。しかし、このどぶの中にでも落っこちたような感情を何処へぶつけたらよいものやら。

(自分で蒔いた種だとは言え、こうもあっさり闇の中に足を突っ込んじまうことになろうとは……)

 後悔先に立たず。その言葉の意味を体現したかの如きこの状況に、正太郎は頭を掻きむしり大声を上げる。

 ウェグナンスゲート繁華街は夜も深まると、より一層魑魅魍魎ちみもうりょうが巣食う修羅の街へと変化する。なにせここに集う者たちは、このゲッスンの谷から出る希少な鉱石を掘り起こすために集った命知らずな守銭奴だらけだからである。

「うへっへ、よう、そこのあんちゃん。しけた面してどこ行くの?」

 街を歩けば、棒に当たるほどこの手の輩は付いて回る。

「へへっ、どこだっていいじゃねえか……。丁度いいや。アンタら、鈴木源太郎って名前聞いたことあるか?」

「スズ……。ゲンテロ? そんなの知らねえな。それより兄ちゃん。カネ恵んでくれよ。俺たち今日の掘り代(※ゲッスンライトを掘り起こしただけの賃金)がゼロだったんだ。見たところ兄ちゃんのそのナリは結構なカネ持ってそうだからな。どうよ、この世知辛いご時世にお情けってもんを見せてくれたっていいじゃねえか」

 

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