神々の旗印117
それは正太郎にとって最悪夢だった。
幼少の頃より彼は、身体的にも感覚的にも知能的にも他者より秀でて生まれ育ってきた。そんな彼にとって、このような気だるい感覚を覚えるのは生まれて初めてのことだ。
そして何より、これは病気による気だるさとも違う。精神的に追い詰められた気だるさとも違う。そう、先天的に鋭い感覚を損なわれ、野生の虎のような身体能力を損なわれ、電光石火とも言える自慢の思考回路さえも損なわれた状態なのだ。
「い、一体……俺ァ……どうしちまったって……言うんだ?」
それはまるで一ミリの電波すら通じない閉鎖空間に囚われている感覚だった。
普段の正太郎なら、無二の相棒である烈太郎の気持ちがガラスのショーケースでも眺めているかのようであった。それにより有り余るほどの心の余裕が生まれ、彼らの間には言葉を二、三交わすだけで次のコミュニケーションが成立していたのだ。
しかし、今の彼には烈太郎の気持ちがまるで見えない。まるで分からない。それどころか、どう言葉を交わしたら良いものか、そんな迷いさえ生じてしまっているのだ。
「兄貴! 兄貴ぃ!! 一体どうしちゃったの!? ねえ、何でもいいから答えてよう! 兄貴ぃ!!」
烈太郎は、その場にうずくまって頭を抱えてた正太郎をミニチュアアバターの姿で無理にでも揺り起こそうとした。しかし、ミニチュアアバターの姿の烈太郎は実体ですらない。その懸命な動作は徒労と化し、虚しい叫びがコックピット内に木霊するのみであった。
「こ、怖い……。俺ァ……戦うのが怖い……。生きているのが怖い……」
「え? 何だって!? 兄貴!?」
「怖い……。怖いんだよ。何もかもが怖くなっちまったんだよ……」
「な、何を言っているの? 怖いって……。兄貴がそんなこと言うなんて、一体どうしちゃったの!?」
うずくまっていた正太郎は、上半身をもたげながら震え出した。よく見ると、こめかみの辺りから汗脂が噴き出している。更には、顔面がひどく蒼ざめているようにも見える。
「そ、そんな……!! 兄貴のこんな姿なんて今まで一度も見たことないよう! 一体、オイラはどうしたらいいんだよう!!」
烈太郎は今までにもなく困惑した。人工知能の彼にとって、このような不測の事態は過去のデータと照合しなければ対処のしようがない。そして、羽間正太郎という人物のデータとの不一致により、目の前の人物が羽間正太郎であるという確信さえ危うくなってしまっている。
「いやだ……オイラ、兄貴を忘れたくなんかない。どんなことがあっても兄貴を兄貴としてあるがまま認識していたい。何なんだよう。一体何が起こっているんだよう……」
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