神々の旗印89


 早雲は、最早生粋の生身の人間である彼らのとりこになっていた。

(ネイチャーという存在が、これほどまでに優れているだなどと思っても見なかったわ。きっと目の前のお三方はその中でも飛び切りの存在なんでしょうけど、それでもこんなに美しく戦えるだなんて……)

 彼女は元々が戦闘マシンに搭載されていた人工知能だけに、より複雑でより先を見通すほど優雅に振舞える戦闘に心惹かれるのである。それこそが彼女にとっての至上の価値観なのである。それは、人間が気の遠くなるような年月を脈々と積み重ねてきた善悪という価値観はどこ吹く風であり、どれだけ合理的でどれだけ色鮮やかな美観に優れた戦いを行ったかこそが絶対的基準というわけだ。

(まったく……。早くユートさんにもこうなって欲しいものだわ……)

 彼女は、自身が強くてより逞しい男に惹かれる傾向にある事をたった今悟った。ここにいる羽間正太郎を始めとした小隊のメンバーは、強さと優しさを兼ね備えた水際立った男の集団である。それだけに、彼らの戦闘美とも取れる動きには並々ならぬ興味が湧いてしまう。

 それに引き換え彼女がその存在を追い求めていた黒塚勇斗は、まだ発展途上というばかりか、強さと逞しさの片鱗さえも見せていない。元が人工知能の早雲にとって、黒塚勇斗という存在は未完成の製品であり、欠陥品に過ぎないのである。

(い、いけないわ……。わたしのパートナーは、ユートさん以外に考えられないはず。それなのに……)

 彼女の心は揺れ動いていた。これも人間という存在に、そして人間の女性に限りなく近づいてきた証拠なのであろう。

「早雲ちゃん、ボーっとするな! 前面の迎撃が手薄になっちまってるぞ! 敵は本気で俺たちを始末しに来てるんだ! ここで気を緩めたら命取りになる!!」

「は、はいっ! スイマセン、少佐!!」

 早雲は現実に気を取り直して操縦桿を強く握りしめた。その感情傾向が人間に近づきつつあるとは言え、高高度の計算予測は健在である。

(わたしが人間になったら、一体どんな日々が待ち受けているのかしら……?)

 彼女はひとしきり押し寄せる衝動が抑えられなかった。今まで人工知能として生きて来た道筋が、どうにも陳腐に思えてならなくなってしまった。人工知能早雲は、もはやただの人工知能などではない。人間の女の子の体を有した人間もどきとなりつつあるのだ。


 

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