神々の旗印81


 その後、アストラは自らのコネクションの力を使い、徹底的に病院内部の調査に乗り出した。

「こんなことをしても、ナターシャはここには帰って来ない。だが、僕は……この悲しみと怒りをどこにぶつけて良いのか分からない……」

 そして、アストラが送った調査員によって新たな事実が発覚した。なんと、その医療ミスの原因は、医療関係者間の単純な伝達ミスによるものだと言うのだ!

 彼女は生前、何度も転院を繰り返していた。病状が病状だけに、高度な医療設備が整っていなければ深刻な症状に対処できないという理由からだ。そして、少しでも病状の悪化を防ぐという理由から、年間に三度も転院を行ったという事実がある。それは何より、将来を約束した恋人であるアストラの意思でもあった。

 しかし、その転院を繰り返したことが仇となった。彼女が転院を繰り返したことで、その際に受け継がれるカルテのデータ記述ミスと医師の思い込みが、本来治療を受けるべき患部に微妙なズレを生じさせてしまったというのだ。

 あり得ない。本来なら常識的に鑑みても当然あり得ないミスである。

 しかしこれが、人間という生き物の事実なのである。なんと、数回にも及ぶ転院の際に、どこかで伝言ゲームのような単純な言葉のズレを生じさせてしまったのだ。

「何と言うことだ!! とても信じられん……。この一件を調べると、ここに関わった全ての関係者が悪いようにも見える。しかし、何故か誰一人として悪くないようにも感じられる……」

 アストラの絶望は、次第に人間という生き物自体に向いて行った。人間そのものという存在が悪であるかのように感じられて来たのだ。

「なんと人間は不完全なのだ。そしてなんと愚かな生き物なのだ……。僕は、彼女をより完璧なまでの治療を施すために転院を繰り返させた。そして、高度な設備と優秀な医者が存在する病院を選んだはず。しかし、結果は本末転倒。なぜか転院を繰り返したことで僕は彼女を死に追いやってしまった……。ナターシャ……。君は、先天性の不治の病という運命に殺され、そして……人間という不完全な認知の生き物によってとどめを刺されたのだ……!!」

 兼ねてより、彼はこの世界情勢の悪化や悲惨な死亡事件、そして醜い争いの根本原因は、人間が不完全でより幼稚な生き物であると思うところがあった。彼がヒューマンチューニング手術計画に邁進している上で、かなり利己的な集団と渡り合ったときにそう感じざるを得なかったのだ。

 過剰な自分への愛。過剰な物欲や性欲、支配欲。そして、必要以上に他人に認めたがられようとする自己顕示欲。それと同時に起こる自分以外を認めようとしない過剰な疎外意識――。

 そんな人的エネルギーのはけ口が、この地上を汚してしまうのだとアストラ・フリードリヒは考えていたのだ。そのタイミングで、最愛の恋人の死とこの調査結果である。

 アストラは、最愛の彼女の墓前で再度心を奮い立たせた。

「そうだ、この僕が変えてやる! この愚かな生き物全てを完全体のスペシャルな存在に進化させてやる!! それにはヒューマンチューニング手術計画の実行しかない!! 全ての人間は、ヒューマンチューニング手術によって強化され、知能も認識力も精神も肉体も進化の時を迎えるべきなのだ!!」

 


 

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