神々の旗印80


「しかし、そこで騎士様に試練が起きましたワ。アノお方の最愛の人であるナターシャ様の御病気が一気に悪化サレテしまったノデス……」

 人工知能マーキュリーは、悲壮感に満ちた言い様で勇斗に語った。勇斗は何も言葉を返せず、ただジッとそれに耳を傾ける――。


 当初、アストラは人類全体をサイボーグ化して強化する必要がないと考えていた。なぜなら彼の本音は、最愛のナターシャが、より健康で前向きな生活を送れる土台さえ作れれば、それで良かったからだ。

「ナターシャ……。もう少しの辛抱だ。もう少しで、私が推進するヒューマンチューニング手術計画はより完璧の物となる。それまで気をしっかり持つんだ。病になんか負けちゃいけない。人類の叡智は、どんな困難さえも必ず乗り越えられる!」

 アストラは、多忙な活動の合間を見計らい、小まめにナターシャの病床に訪れ彼女を励ました。彼女も、そんな彼の言葉に熱意を感じ、やがて来るヒューマンチューニング手術の実用化のその時を待ちわびたのだ。

 だが、その悲劇は突然訪れた。アストラが、どうしても外せない会合で郷里を離れた途端に、ナターシャの病状は悪化し、そしてそのまま帰らぬ人となってしまったのだ。

「ば、馬鹿な……。彼女が死んでしまったら、僕が何で今まで頑張って来たのか意味が分からない。まるで水の泡だ……」 

 アストラは、ナターシャの突然の死にこの世の絶望を見た。

 しかし、彼の絶望はこの後、さらに加速する。

「な、なんだと!? ナターシャの本当の死因は、病院側の医療連絡ミスだと!?」

 確かに、彼女の体が脆弱だったのは、先天的に内臓の一部が石化する難病が原因である。ある特定部位の内臓細胞が徐々に硬化することで、その働きを止めてしまう恐ろしい病であった。

 だがそんな不治の病でも、その進行を遅らせる薬物治療と特殊な放射線治療さえ受けていれば、このような突然の死などあり得なかったのである。

「は、はあ……。こちら側の極秘に行った内部調査によりますと、患者のナターシャ・エミル様の患っていた内臓の部位は脾臓とその辺り。……しかし、病院関係者に聴き取りを行ってみると、治療を行っていたのは腎臓の辺りであったらしいのです。現在残っているナターシャ様のカルテのデータには、脾臓を含むその周辺と記されておりますが、きっとこれは彼女の死後に何者かによって改ざんされたのでしょう……」

 アストラは、そんな報告を受けて途轍もない衝撃を受けた。もう絶望を通り越して、目の前にある何もかもが信じられなくなった。




 

 

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