神々の旗印79
アストラ・フリードリヒ――。
その男は、まだ戦乱が激化する以前から、全人類に対してヒューマンチューニング手術を強制的に施すように働きかけていた一人である。
彼は生来、西欧の貴族の流れを汲む資産家の基に生まれ、由緒正しい育ち方をしてきた。
そんな彼が、青年期を迎え、大学院を出て博士号を取得した頃、あの【ビハール・シャリーフ協定】を始めとした宇宙開発競争が勃発した。
アストラは、頭脳明晰で精神的にも経済的にも安定した男だった。体つきもがっちりとして、病気もせず、何一つ不自由のない生活を送っていたのである。
そんな彼にも、心から愛せる女性が出来た。相手はナターシャ・エミル。近隣の大商家の深窓の令嬢だった。
しかし、そのナターシャという娘はとても器量が良く気立ての良い性格であったが、生まれつき体が弱く、何かと家の中に閉じこもり気味になる傾向があった。
「嗚呼……なんて僕は贅沢な人間なのであろう。この何不自由のない体。そして境遇。なのに彼女は、そんな一つ要素が欠けただけであの通りだ。何とかしてあげたい。何とかして、あのナターシャと幸せに一生を添い遂げたい……」
彼は猛然と目標を見据えた上、兼ねてより巷で噂されていた世界人類進化計画のアイディアを実行に移したのだ。それは、人々がより幸せに生きるために人体の一部をサイボーグ化する技術、いわゆるヒューマンチューニング手術計画のことである。
当初、アストラは本家筋の豊富な資金源を利用し、生まれつき体の不自由な人々や高齢者の為のサイボーグ化を推進する団体を立ち上げ、民衆にその利用価値を根付かせるためのアピール活動を行ったのだ。
そして、その需要と供給が軌道に乗り始めたと同時に、現在使用されている【ヒューマンチューニング手術】の工学的技術と医学的技術を司る企業に投資を促し、乱立するサイボーグ化企業をより競わせ合ったのである。
彼の思惑は、有り得ない程のスピードでその技術的進歩の一途を辿った。まるで世界人類の到達地点が、元からそこであったかのように。
しかし、その民衆の認知と技術革新の表向きの力とは裏腹に、やがて世界は宇宙開発競争時代から、異次元新世界発展競争時代へと移行する。ヴェルデムンドという異世界新大陸の発見と共に――。
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