神々の旗印69


「マルセーユ? 娘さんなのですか?」

 早雲は、唐突に飛び出して来たその名前を聞き返した。

「ああ、俺の娘のマルセーユだ。そう、今じゃその面影も懐かしい可愛い娘だ。彼女は、俺の先妻の連れ子でな、同じ反政府ゲリラ軍のパイロットだった。父親の俺が言うのも気恥ずかしいが、娘は一本筋の通った柱みてえに芯の強い女でな。だけど見た目は、まるでアンタの今の姿とそう変わらねえぐらいに可愛らしい顔をしていた。まあ、歳の頃でいうならば、十七才の花も恥じらう乙女そのものってところだ」

「で、では、いまのわたしたちより、ちょっと年上のお姉さんですね」

「ああ、今現在生きていりゃあな。もう娘盛りを通り越して女盛り真っ最中ってなところさ」

「い、生きていれば……?」

「あ、ああ……。マルセーユは五年前の戦乱で死んじまったんだ。父親の俺の目の前でな。先妻と同じヴェロンの餌食になっちまって……」

「何ですって……!?」

「あの頃、マルセーユは背骨折りのことが大好きだったんだ。まるで背骨折りを本当の兄貴みてえに慕っていた。いや、それ以上の思いがあったのかも知れん。それだけに、俺たちの小隊に入りたがってずっと付いて来ちまっていた」

「とても可愛い感じの人ですね」

「ああ、マルセーユは気が強くて見た目はきつそうなところもあるが、根は優しくて素直な子だった。周りの兵隊からも随分大切にされていたっけ。娘はみんなから大切なマスコットのように接してもらえていた」

「なのに……なのに、どうして死んでしまったのですか?」

「どうして、か。そうさな、一つ理由を挙げるならば、マルセーユは、誰からも大事にされ過ぎていたんだ……」

「みんなから大事にされ過ぎた? それが理由ですか?」

「ああ、そうさ。みんなというのは、周囲に居る連中ばかりとは限らねえ。特にあの背骨折りにも言えたことさ」

「ハザマ少佐に、ですか?」

「そうだ。あの頃の奴ァ、まだ若かった。そりゃあ見た目だけじゃねえ。心ん中もよ。それだけに背骨折りは、俺たちに施した鬼のような特訓をマルセーユに対しては出来なかったんだ。彼女が作戦に自ずと同行して来ることを分かっていながらな……」

「何ですって……!?」

 早雲は、今の言葉を聞いて全てを理解した。あの羽間正太郎という男が、何ゆえにここまでの特訓をしているのかということを。

 つまり、五年前の羽間正太郎は、イーアン曹長の娘だったマルセーユに対して表面的に大切にするがあまり、あの激しい地獄の特訓を施せなかったのだ。

 しかし、彼女自身が彼らと同じ戦局、同じ激戦地に赴かないでいたのならそれでも構わなかった。にもかかわらず、彼女は正太郎を慕うがあまり、彼らの行う作戦小隊に同行していたわけだ。

 だが、運命というものはより必然というものを好む。彼ら小隊の作戦実行中、突然のイレギュラーが起きた。敵である新政府軍の砦を強襲しようとした時、凶獣ヴェロンを呼び覚ましてしまう“ベムルの実”を叩き割ってしまったのだ。

 ベムルの実は、そのバスケットボールのような見た目から、容易にその判別を行うことが出来る。が、たまたま彼女は草葉に埋もれてそれを踏んでしまったのだ。彼女は誤って獰猛なヴェロンの大群を呼び寄せてしまったのだ。

 


 

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