神々の旗印68

 

 早雲が急いでドアを開けると、そこには体じゅうに包帯を巻きつけたイーアンの姿があった。車椅子に斜めに体を寄りかけた姿が何とも痛々しい。

「だ、大丈夫なのですか、曹長!? ベッドから離れてしまって!?」  

 早雲は、まだ血色の悪いイーアンの表情をうかがって、すぐさま彼の肩に手を当てがった。

「だ、大丈夫かと言われちまえば、そうじゃねえと言わざるを得ねえがな……嬢ちゃんよ。だが、俺は、この世に生まれてこのかた、ずっと根が正直な性格タチのまんまなんだ。誰かさんと同じでな。本音と建前の使い分けが出来ねえのよ」

「なら、なおさらです! 早く自分のベッドに帰って休まないと……! 曹長は体全体に酷い傷を負っているのですから!」

 早雲は膝をついて、出来るだけイーアンを楽な姿勢に保たせようとする。しかし、彼の包帯の至るところから血がにじんでくる。

「あつつつつ……。あんがとよ、嬢ちゃん。だけどよ、俺は元々不治の病に侵されて中身もボロボロなんだ。今さらどうのこうのと悩んだところでどうにもならねえってことよ。それをうちの家族も知った上で、この戦場に来ることを承諾してくれたんだ。あの背骨折りとまた戦えることを誇りに感じてな」

「え……!!」

「俺にゃあ、それが何よりだったんだ。あの五年前の戦乱で命の限り戦った思い出は、決して綺麗ごとじゃあ済まされねえ出来事ばかりだ。だがよ、それでも俺たちは自分と、自分の大切な人のために戦い尽くした。自分たちの命の尊厳と考えを守り通した。それが何よりの誇りだったんだ」

「ええ、曹長……」

「しかし……しかしよ、この身体を見てくれ、嬢ちゃん。俺はもうこの有様だ。また俺は背骨折りたちと一緒に誰かの為に戦えることを楽しみにしていたんだが……。もうそれも叶うまいよ……」

「そ、曹長。イーアン曹長……」

 早雲は何も言葉が返せなかった。彼女もイーアンが不治の病に侵されていることを知っている。さらに、この手負い加減を見ただけでも復帰を望むのは難しいだろう。

「すまねえな。嬢ちゃん。年寄りが若い女の子相手につい愚痴っちまって……」

「そ、そんな……そんなこと……」

「それよりな、嬢ちゃん。俺は噂に聞いて来たんだが、若造の様子はどんなもんだい?」

「あ、ユートさんのことですか? ユートさんなら今、軽く眠っている状態です」

「そうか、それなら良かったな。なにせあの背骨折りの野郎は、特訓となると容赦ねえからな。自分が師匠に受けて来た特訓を、そのまま俺たちに施しちまう地獄の鬼だからな」

「はい……そのようですね」

「全くしょうのねえ野郎だぜ、背骨折りの野郎は……。自分と相手の力量を同じもんだと考えちまっているところが奴の欠点なのさ」

「では、イーアン曹長も同じことを?」

「ああ、そうさ。俺たちの頃は、三日三晩特訓が続いたぐれえ酷いもんだったぜ。まあ、そのお陰でこうやってあの激しかった戦乱を生き延びて来られたんだがな。それが出来なかったのは、俺の娘、マルセーユだけだ」



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