神々の旗印67


「ユートさん、大丈夫ですか……?」

 勇斗は医務室のベッドの上に寝かされていた。その横に、あの黒髪の美少女、早雲が心配そうに顔をのぞかせ、硬く絞った濡れタオルで汗を懸命に拭きとっている。

「うーん……うーん……」

 勇斗は、まるで半死半生の病人のように彼女に言葉を返せない。彼女が問い掛けて来てくれていることは分かっているのだが、意識が余りにも朦朧としていて言葉が組み合わせられないのだ。

「それにしても、あのハザマ少佐という人……、本当にとんでもない人ですよね。ユートさんの今のタフな体でさえこんな風にボロボロになるまで特訓するなんて……」



 早雲は、なかなか自室に帰って来ない勇斗を心配して、朝も早々訓練場まで訪ねて行ったのだ。だがその時には、勇斗はもう汗まみれの血だるまの状態でその場に突っ伏していた。

「ユ、ユートさん……!?」

 その光景を見て駆け寄ろうとする早雲に、

「あ、ああ丁度良かった。今、特訓を切り上げようと思っていたところだ。なあ、早雲二等兵。コイツを介抱してやってくれ。たった今力尽きて倒れちまったんだ」

 目の前の少佐は涼しい表情だった。そしてありきたりな態度で彼女に指示をしたのだ。彼はユートとは対照的に額にこそ汗を滲ませてはいるが、さほど疲弊している様子ではない。

 彼女はキッと睨んで正太郎を威嚇するが、

「そう怖い顔すんなって、早雲ちゃん。今やるべきことはそこじゃねえんだ。いくら女の子として生を受けたからって、目の前だけの物事に感傷的になるのは御法度てえもんだ。しかし、元々機械の心を持ったキミなら、その意味が分かるはずだぜ? そうだろ、早雲二等兵?」

 早雲は、意外にもあっけらかんとした雰囲気で言われてしまうと、何も言い返せなかった。この少佐は出来る。機械の私の心の奥底まで読んで操作してしまう。そんな不思議な力を持っている。

 しかし、何もここまでやらなくても良いのではないか。最近、身も心も自分が人間染みてきたとは言え、生物の壊れて行く様はどうも見るに忍びない。どうも居ても立っても居られなくなる。



「わたしはもう、戦闘マシンとして役に立たないのかも知れない。もう元の姿には戻れないのかも知れない……」

 早雲はジェリー・アトキンスの姿をした勇斗の額の汗を濡れタオルで拭いながら、物思いにふけっていた。

 すると、部屋の扉から乾いたノックの音が聞こえて来る。

「よう、嬢ちゃん……。若造の調子はどうだい?」

 なんともドスの利いたガラガラ声である。その声はドア向こうからでも聞き取れる。

「え、あ……!! イーアンさん!! いえ、イーアン曹長ですね!?」


 




 

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