神々の旗印66

 


 そんな正太郎と勇斗の特訓の場に、マドセードとエセンシス兄弟が首を出す。だが、彼らは遠目のまま近寄ろうとすらしない。

「あーあ、やっておりますでゲスね。背骨折りの隊長さん。そして、あのジェリーの姿をした若いあんちゃんもな……」

 筋肉の塊のような岩男のマドセードが眉間にしわを寄せながら言う。

「うん、やっぱり背骨折りさんは、人を取り込むのがとっても上手だすですね。相手はすっかりその気になってるだすです」

 その弟のトーテムポールのようなエセンシスも、そのどでかい体を無理矢理柱に隠しながらヒソヒソと言葉を返す。

「ああ、それが何と言ってもやっこさんの第一の持ち味でゲス……」

「で、でもさ、兄ちゃん。あの鬼の背骨折りさんも、随分と大人になったと言うか、やる事の全てが丸くなったみたいだすですね。オラたちの頃は、何て言うだすですか、こう、もっと、とんでもなく地獄を見るようなスパルタ訓練だったと思うだすですけど……」

 マドセードは、エセンシスのそんな言葉に、

「そうりゃあ、そうでゲス。今の若い子には、あの頃の背骨折りの特訓に付いていくのは無理でゲス。あの特訓は地獄を通り越して、中世の拷問よりも激しかったでゲスからね!」

「そ、そうだすね……。背骨折りさんは、一見して優しそうに見えるけれど、あれでかなりの猛獣だすです。指示する言葉は優しいかもしれないけれど、やってる中身は人外の類いかと思ったぐらいだすですからね……」

 二人は、互いにその時のことを思い浮かべ、息を合わしたかのように身震いを起こした。五年前以上の記憶のはずなのに、今にもあの凄まじく体中がボロボロになった痛みが込み上げて来そうになる。

 二人とも、この後に何が起きるのか大体予測は出来ていた。それだけに、早々にこの場から離れたくて堪らなかった。

 するとエセンシスが、

「なあ、あんちゃん。あのクロヅカとかいう若造。最後までと思うだすですか?」

 そそくさと、足音も立てずにその場を立ち去ろうとしたが、また一度振り返ってマドセードに問う。

「い、いやあ……。それはあっしの口からは何とも言えんでゲスよ……。今の背骨折りの力量次第ってことではないでゲスか?」

「うーん……。ちょっと、あの子には可哀そうな事をしただすですかね? 背骨折りさんの地獄のマンツーマン特訓を受けさせてしまって……」

「いや、しかし、エセンシスよ。奴が背骨折りの特訓を超えられなければ、あっしらのチームが自ずと危うくなってしまうでのゲス。あのイーアンが被っちまったとばっちりのようにでゲス……」 

「そりゃそうだすですが……」

 彼らは、どこか後ろ髪を引かれるような思いがした。しかし、これも彼にとっての試練であると、心を鬼にしてその場を去って行った。

 その後、訓練場の壁向こうから若い男の悲鳴にも似た嗚咽が途切れることはなかった。

 特訓はその後もずっと続いていたらしい。なぜなら軍事キャンプ内には、その一種異様な恐ろしい悲鳴が夜通し聞こえていたと噂になっていたからだ。

 最早、この特訓模様はこの軍事キャンプ内の伝説にもなろうとしている。なにせ翌朝には、全身が血だるまになった男の姿が医務室に運び込まれるのを何人ものパイロットらによって目撃されてしまったからだ。




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