神々の旗印65


「な、なるほど……何となくだけど、それ、分かる話かもしれません。だって、こんな俺だって未だに自分自身の体に、あのとんでもなく刹那的な考えのヒューマンチューニング手術を施そうなんてこれっぽっちも思ってやいませんからね。少佐の力とは全く比べ物にならない、こんな俺でさえ……」

 勇斗は力強くうなずいた。彼の亡くなった家族は、そのヒューマンチューニング計画によって間接的に不幸に追いやられた経緯がある。

 正太郎は彼の表情をうかがいつつ、さらに言葉を続ける。

「五年前の俺たちは、その俺たち人類の可能性というものを信じて戦ったんだ。あのヴェルデムンド新政府が行ったヒューマンチューニング手術の強制施行という一元的な力に対してな……」

「はい、それは俺も聞いています。教科書にも載っていますから……」

「俺たちヴェルデムンド新政府に対する反政府側は、純粋に人類の本当の意味での多様性を信じていたんだ。そしてそれを体全体で表現する術を知っていた。だが、新政府側は、何故か一元的な強制手術というものを否が応でも実行しようとした。だから俺たちは立ち上がったんだ。あの時代の人類に、ある種の限界という物を感じていたからな」

「はい、それも学校で習っています。羽間少佐たち反政府側は、多様性こそが、人類の、そして生きとし生ける者が持っている、この自然界に生き残るための必須条件だと考えておられたのですよね?」

「ああ、その通り。俺たち個人の力は万能じゃあねえ。そしてさらに、集団としての力も万能じゃねえ。どちらにしたって長所も欠点も持ち合わせている」

「だから少佐たちは、どの局面からでもアプローチの利く多様性を求めていたんですね?」

 勇斗がそれを尋ねると、

「なあ、勇斗。確か、お前の本来の姿は十六才だったよな」

 正太郎は一度間を置いて、逆に尋ねて来る。

「え、ええ、そうです。俺の本当の体の年齢は十六ですけど……」

「てえことはよ、お前という男は、考えなくともまだまだ相当に若い。さらに言えば、まだまだ人生の筋書きみてえな可能性ってのに相当の余白が残されているってことだ。それが証拠に、お前はどんなに絶望的な境遇にあっても、お前自身はヒューマンチューニング手術を受けなかった。そうしようとすら思わなかったんだろ?」

「あ、は、はい……」

「てえことはだよ。お前が、お前という身体に無意識下で何かの可能性を感じていたのかも知れん。そうでなければ、お前の言うセシル・セウウェル曹長のように過剰な手術を繰り返していたかも知れんのだからな」

「え、ええ……」

「さらに言えば、今のジェリー・アトキンスの姿に違和感を覚えて、どうにかしても自分の身体を取り戻しに行こうという考えもしかりだ。もしそうでなければ、お前自身が今のその姿を気に入っちまって、それ自体に甘えちまっているかも知れねえだろ?」

「な、なるほど、そうかも知れません……」

 勇斗は思わずうなりを上げた。さすがに今の会話は納得せざるを得ないのだ。

 この目の前の少佐はとにかく何もかも鋭かった。さすがに面識のないセシル曹長のことですら、その内面を軽く言い当ててしまう。伊達にヴェルデムンドの背骨折りと噂される男ではない。

 先程彼が言っていた、

「先を見越して行動する」

 という言葉も満更嘘なのではないと実感する。これが本当の大人の姿なのかも知れないと感心する。

「さあ勇斗。つまらねえお喋りはここまでだ。俺たちには余り時間の余裕ねえ。作戦開始まで丸一日ぐらいしか、な。よって、ここからは特訓のフェイズ3に移行する。少しレベルを上げるが、ちゃんと付いてきてくれよ」

「は、はい!! こちらこそ、よろしくお願いします!!」 


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