虹色の人類93


「い……、いい、のよ……。ショウタロウ……ハザマ……」

 と、冷たくなりかけたエナの手がピクリと動く。か細く力ない白魚のように小さな指が懸命に何かに応えようと握り返して来る。

「ねえ、気に……しないで……、ショウタロウ……ハザマ。あたしは……もう、ここで……十分よ……」

「エ、エナ……!?」

 彼女は微かに意識を取り戻していた。だが、瞼を開くのもようやくと言った感じで、全身に全く力が入らないようだ。

 正太郎は目を見開いて擦り寄り、

「気がついていたのか、エナ!? ど、どうだ? 傷口はすごく痛むのか?」

「う、うん……。もう痛く……て痛くて……。だんだん……何が何だか……分かんなくなって……来ちゃった……」

「そ、そうか。もう少しの辛抱だ。気をしっかり持て! あと少しで、お前の言った場所にたどり着けるからな!」

「ううん……。ショウタロウ……ハザマ。もう……あたし……ダメみたい……」

「な、何言ってやがるんだ! 諦めるな! エナ! お前、もっと生きたいんだろ!? 生きて、生きて、生き抜いて、俺以上の経験を手に入れる算段じゃなかったのかよ!?」

「うん……。そういうつもりだったけど……、これがあたしの潮時なのかも……知れないって……今、わかった……」

「バ、バカヤロウ!! そんな事を勝手に自分だけで決めるんじゃねえ!」

「ううん、分かるの……。だから……あたしの、話、聞いて……」

「な、何だ?」

「あなたの……それ、あたしに……ちょうだい」

「それ……だと?」

 正太郎は怪訝な目をしてエナを見つめる。その彼女の薄まった眼差しの先には、正太郎の胸の辺りに向けられている。

「エナ、もしかして、お前の言うそれというのは、まさかこれの事か?」

 正太郎は自分のジャケットの懐の辺りをまさぐると、一つのアンプルを差し出した。

「そう、それ……それよ」

「エクスブースト。俺がこいつを持っていたのを知っていたのか……」

 彼が言うや、エナはコクリと静かにうなずいた。

「あたしは……あなたが……このエクスブーストという物に、特別な思いがある事を……よく知っている……」

「な、なんだと!?」

「そうよ……、五年前の戦乱で……あたしたちが、ゲッスンの谷であなたと戦い合った時に……とても苦しめられた……代物だもん」

「そ、そうか。そうだよな。ということは、もしかすると、アンナのことも……?」

「ええ、知っているわ……。あなたが愛したひとの一人……。アンナ・ヴィジットの……ことも」



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