虹色の人類94


 エナは、薄れゆく意識と懸命に戦いながら、

「アンナ・ヴィジット……アンナさんは……、まだ生きている……」

「な、なんだと!?」

 正太郎は、その言葉の衝撃に思わずエナの手を強く握り返してしまった。

「そうよ……、アンナさんは生きている……。だけどね……」

「だけど、何だ?」

「だけど……、もう、アンナさんの体は……、アンナさんではない……」

「ん? それはどういう意味だ!?」

「つまりね……、アンナさんは、五年前のあの時……、肉体だけが滅びたの……」

「…………!?」

 正太郎はその言葉を聞いた時、アンナ・ヴィジットのあの美しく気高い面影が脳裏をぎった。彼女との分かれ間際の真っ赤に染まった柔らかな唇。そして、自分の姿を偽りつつも、互いの身も心も重ね合わせたときの充実し切った感触。その肌の柔らかな匂い。今の言葉は、そういった物との永遠の決別を告げられた衝撃以外の何物でもない。だが、

「でもね……彼女は……。今もどこかで……きっと、あなたのことを……愛している……。そして、とても気に掛けていると……思うわ……」

「そ、それは、どういう意味だ?」

「フフフ……、ホント可笑しいわね。……あなた、まるで……子供みたいに……ムキになって……」

 言われて、正太郎は握り込んだエナの小さな手を優しく緩めると、

「あ、ああ、すまない。し、しかしな……」

「ええ、いいのよ……、それが大人ってものですものね……。きっとあなたは……悲しかった思い出も……楽しかった思い出も……あたしが想像の出来ないぐらいに……沢山持っている……」

「そうだ! だから、お前も生きて、生きて、生き延びて、これからも山ほど経験を積むんだ! そうしなければ見えてこないものが沢山あるからな!」

「え、ええ……、きっと、きっとそうなのよね……。きっと、あなたの言う通り……なのよね……。でも、あたしの肉体も……アンナさん同様……、限界を……迎えて来ている……」

「何を言うんだ! まだ何も終わっちゃいねえ!」

「いいえ……、流石のショウタロウ……ハザマも……いざと言う時の……気休めが……とっても……下手ね。何か安心した……わ」

「どうして?」

「だって……、あなたが……何でも器用に……出来ちゃったら……、こっちだって……なんか、面白く……ないじゃ……ない?」

「エナ……」

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