虹色の人類87


 まだまだ〝宇宙〟が眠っている――

 そんなエナの言葉に、正太郎は何とも言えない寒気を覚えた。だが、彼女の身だけでなく自らの命をも考えれば、ここで迷っている暇などない。

「分かった、エナ。お前の言う通り、その〝宇宙〟とやらのある場所まで運んで行く。だから最短距離で誘導してくれ。お前の負担にならない程度にな」 

 するとエナは、痛みを堪えつつ苦笑いをして、

「もう、いやねえ……これだからネイチャーは……。かなり時代遅れよ。……あたしはミックスなのよ。……それもとびっきり……格別の……」

「何!?」

「いい? あたしには……こんなことも……出来るわ……」

 彼女は言うと、正太郎の腕に備えられた腕時計型のナビゲーションモジュールに目をやる。その瞬間、モジュールの小さなディスプレイが怪しく光った。

「な、なんだこりゃ!?」

「決まっているじゃ……ない。行き先までの……データを……送ったのよ。そのモジュールの……中身も……勿論バージョンアップ……させてね」

 エナはにんまりと笑うと、そこで意識を失った。かなり無理をしていたのだろう。額からだらだらと脂汗が流れ出している。

 正太郎はグズグズしていられなかった。きっと彼女も、正気を保っていられないことを自覚していたのだろう。最後の力を振り絞り今出来る限りの事をやってのけて見せたのだ。

「ああ、いいぜ。お前が素直に生き延びたいって言うのなら、俺はお前のその期待に応えるまでだ。俺はその思いが伝わっただけで充分だ!」

 彼は意を決して彼女を抱きかかえると、坑道内の薄暗い空間に飛び出した。

 その時、正太郎は自らの過去を振り返っていた。今、彼のジャケットの懐には、あの禁断のアイテムであるエクスブーストが眠っている。それだけに悲しい記憶が蘇って来る。

 それは五年前のゲッスンの谷でのアンナ・ヴィジットとの悲しい別れの出来事の記憶だ。

(もう俺は、あの時のように命の恩人を見す見す置き去りにすることなんて出来ねえ……。そうだよな、アンナ……。なんてったってエナには何度もこの命を救ってくれた借りがある……。そして、これからもまだまだ生きていたいという気力が残っている……)



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