虹色の人類88


 しかし、彼女にここまでの手傷を負わせた存在は、未だ顔を見せていない。いくら手練れの正太郎と言えど、手負い少女を担いだまま敵と対峙するということは、自らの死線との綱渡りを意味する。

 抱き上げた少女の身体は意外にも軽い。まだ齢にして十三なのだ。その表情に隠しきれぬほどあどけなさが残る。そんな幼気いたいけなまでの少女の横腹からは、未だどくどくと多量の血液が流れ出し、正太郎の衣服を半ば真っ赤に染め上げている。

 正太郎は奥歯を噛み締めつつ彼女を見つめていると、どうにも憐れに思えて致し方なくなる。

「生まれつきのとんでもねえ才能が所以で、こんな風になっちまうなんてな。どうにもやるせねじゃねえか……」

 彼女は、大型人工知能グリゴリに見出され、子供としての楽しみや喜びも知り得ぬまま、あの凄惨な戦乱の裏舞台の立役者として駆り出される人生を歩んで来たのだ。それは、同年代の少年少女には到底知り得ることなど出来ない途轍もなく過酷な知識であり経験である。それと共に、どんなに力を裂いてでも知らしめたくもない経験でもあり知識でもある。

 さらに、戦乱も集結した今現在に至って彼女に背負わされた物は、どこかで裏から糸を引くまやかしとも言える策謀なのである。こんな小さな身体に詰め込まれた黒い策謀は、これからの人類の指標を大きく左右する大事なプロジェクトの一環なのだ。

「それがどうだ……。ちいとばかり感情に流されたからと言って、用済みと有らば知らぬが仏の地獄行きか? そりゃああんまりってもんだぜ。エナはよ、このまんま一介の人間の幸せも味わえねえまんまで死んじまうってのかい!? こんな痛手まで負っちまってよ!!」

 エナは、正太郎の弱点を類稀なる共感能力だと言った。しかし、正太郎は、その弱点とも言える強すぎる共感能力を武器にこれまでの戦いに勝利を重ねてきた。それは収めた鞘をも突きん出るほどの諸刃の剣。使いようによって自らも傷つけるが、相手を死に至らしむことも可能なのだ。

「エナよ、俺のこの力、目の前で思う存分目に焼き付けるがいいぜ。誰が何と言おうと、俺には俺の生き方しか出来ねえ。その代わり、俺は誰の生き方も真似ることが出来ねえってことなのさ」



 

 

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