虹色の人類53
二人の大膳は今にも一触即発の取っ組み合いでもしようかという勢いである。片方の大膳などは、拘束衣に自由を奪われたままであるにもかかわらず、芋虫が槍のように飛び掛からんとしてまで顔を近づけ睨み合う始末である。
「……ならば聞こう。なぜ君がオリジナルと言い張れるのかを。そして、今の今までどこに潜伏していたのだ?」
尋問側の大膳は問うた。興奮気味であるために、少しばかり声が上ずり気味である。
「その質問に答える義務など私にはない。私が本物だと思えば本物なのだ。それ以上の答えなど在りはしない」
「……ふうむ。それは第二者、第三者に認められなくとも、己自身がそうであると思えるからそうだというのだな?」
「当たり前だ。ならば、逆に貴様に同じことを問う。貴様は貴様自身、己が誰かの偽物であると考えたことなどあるか? まして私の今の状況は、どうやら四面楚歌のようだからな。こんな殺風景な場所に囚われ、ご丁寧に拘束衣にまで包まれて、一体何を証明出来るというのだ? 逆に、自由の身である貴様の方が身の潔白を示すのが筋というものではないのか?」
拘束衣を
尋問側の大膳は、感情に任せ端から無理な問い掛けをしていたのだ。そして、その言い様が為に、自分自身が本物である証明を見せなければならなくなったのだ。
だが、自分自身が鳴子沢大膳という人物であるという証明がどこにあるというのだろうか? それは日本に居た頃の戸籍謄本によるものだろうか? それとも、今のペルゼデール・ネイションとう国家に登録されたIDデータによるものなのだろうか?
いいや、実を言えば、その手の登録データや、ID照合に使用するチップなどは、目の前に居る拘束衣の大膳の持ち物からも同じものが出てきている。そうともなれば、彼ら自身それぞれが本物であるという証明を互いに示しているということなのだ。
この考えから大膳は、妙なことに気付いてしまった。
(もしかすると、この私が本物であるという証明を見せなければ、私が本物でないという可能性を無駄に生み出してしまったというわけなのだろうか……?)
まさに藪蛇であった。己の疑心暗鬼が、他者の疑心暗鬼を生じさせてしまったのだ。
彼は、今現在まで自分が自分自身であるということを信じて疑わなかった。いや、それよりも、自分自身が自分自身でないのかもしれないという考えにすら至らなかった。
それは人間が人間として生まれ出てきた上での極自然な考え方であり、特段傲慢でも不遜な考え方でもない。
しかし、この目の前に居るもう一人の自分が、本物であるという主張をする限り、その考え方に新たな疑問符を生じさせてしまったと言うわけである。
そして、このもう一人の自分が言うように、客観的な証明が出来なければ、自分自身が本物であるという確証などどこにも存在しないのだ。
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