虹色の人類㉖
それは不思議な感覚だった。結果だけを考えれば、烈太郎にとって羽間正太郎という男は、人間としても自然派たるネイチャーとしても人並外れた活躍をしてきたひと際の存在であった。だが、こうして新たなる感覚を有して彼を観察してみると、どうやらそれは彼の普段からの葛藤の賜物であり、日常的な慣わしであるということを理解せずにはいられなかった。
(そうか、兄貴も他の人たちと同じ人間なんだ……。いつも無謀なことばっかりしているように見えて、どうやら心ん中じゃ自分なりの恐怖と戦っていたんだ。ああ、なんてオイラは馬鹿なんだろう。なんて子供だったんだろう。オイラは兄貴を完全無欠のヒーローだと勝手に勘違いしていたんだ。こんなに兄貴は自分の中でも戦っているっていうのに……。今度からオイラがもっと頑張って頑張って兄貴の力になってあげなくちゃ……)
烈太郎は、他の人工知能とは違い、人工知能としての段階を上げてゆくたびに、相手の行動を客観的に先読み出来るようになった。人間が持つ思いやりにも似た感情が芽生え始めてきたのだ。
確かに今までも、人間より人間臭い考え方をすることろがあったが、今回の凶獣ヴェロンの大群との対決騒動によって、さらにいかにも人間らしい思考が身についてきた。だが、時としてその感覚は負の方向へと導くこともある。
それは彼らが、廃墟となったブラフマデージャの街に辿り着いた時だった。その時刻にはもう朝日が一様に辺り一帯を照らし、ヴェルデムンド特有の濃い緑色をした朝焼けが彼らの背中を温め始めていた。
「おい烈。お前はここに残れ」
正太郎は崩壊した街の瓦礫によじ登り、高くからより遠くを見回している。
「どうしてだい、兄貴ぃ? いくらブラフマデージャの国自体が小さいからって、こんな繁華街のあった場所を兄貴一人で探索するだけでもすっごい大変だよ?」
「ああ、そりゃあ大変かもしれねえが、お前のそのデカい
「なんで意味が無くなっちゃうの? だって兄貴はさ、兄貴とこのオイラがここに乗って来たホバー輸送機を探しに来ただけなんじゃないの?」
烈太郎は、コックピットの中からホログラムをせり出させるように正太郎の顔の近くまで食って掛かって来た。
「ば、ばかっ! お前、ちょっと近けえよ! ……さすがにそりゃ驚くからやめろ!!」
「ご、ごめんよ、兄貴。……でもさ兄貴。オイラも兄貴の力になりたいんだよ」
「その気持ちは有難てえがな、烈よ。物事にはな、向き不向きってえのがあるんだ。実際、俺が確かめたいのは何もホバー輸送機を見つけるだけの事じゃねえ。他にもちょっとだけ確認してえことがあるんだ」
「一体それって何だい?」
「すまねえが、さすがにこの件についてはお前にも言えねえんだ」
「なぜだい?」
「ああ、それはお前の身体が、エナの施しを受けちまったからさ。いくらお前の肝心かなめの中枢部分がブラックボックス化されていたとしても、その他の部分に盗聴装置一個でも仕込まれていたら何もならねえからな」
「そ、そんな……、兄貴。じゃあさ、兄貴はオイラのことも信用できないってこと?」
「ばーか。そんなことは言ってねえだろ。俺は、お前が信用で出来ねえんじゃなくて、エナが信用ならねえって言ってんだ。いや、敢えて言うなら、エナのその周りにいる連中が信用できねえんだ。そこんところ勘違いすんな!」
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