虹色の人類㉕


 ※※※



「おい烈。すまねえが、針路を一旦ブラフマデージャにとってくれ」

 ヴェルデムンドの夜は、人間の視力では暗すぎて安全な走行が出来ない。深々と生い茂った密林でもあるし、地上は不安定にも巨木の根っこや巨大な枯れ葉の堆積物で容易なドライビングを楽しめるものではない。

 そこで頼もしいのが、フェイズウォーカーに搭載された人工知能である。彼らの役目は、何も戦闘だけに限定されるものではなく、こういった人間では対処の難しい移動の手立てとしての役割がある。

「え? どうしたの兄貴? 今さらブラフマデージャに行っても何もないよ」

 先のアヴェル・アルサンダールとの諍いで、彼らは第十五寄留ブラフマデージャの廃墟と化した街の姿をその目に焼き付けていた。しかも、アヴェルの妹であるアイシャ・アルサンダールとの哀しい別れがあったばかりだ。烈太郎としても、なぜ正太郎がそこに行こうとするのか理解不能だった。

「ああ……いやな、烈。あの時はな、俺もアヴェルとすったもんだやってたし、アイシャのこともあって動揺してたからしょうがねえんだけどよ。もう一度あのボロボロになった街並みを調べてみてえんだ。ほら、現場百回なんて昔から言うじゃねえか。人間てえ生き物はよ、一度見た物は自動的に印象に記憶しちまって修正出来ねえんだ」

「だからまたあの場所に行って、兄貴なりにその修正を行おうというの?」

「ああ、まあ、そんなところだ。それによ、あそこに置いて来ちまったホバー輸送機がまだ使えるかもしれねえ。あれがありゃお前も楽だろ? いざって時にお前の燃料計算の心配だってしなくて済むしよ」

「う、うん。そりゃそうだけど。どうしたんだい兄貴?」

「何が?」

「だって、いきなりそんなこと言うなんてさ。何だか兄貴らしくないよ」

「そうか? 俺ァ一応これでも戦略家の端くれだぜ? そういう事考えるのも俺の役目だが」

「いや、そうじゃなくってさ。何て言うか……」

 烈太郎は、正太郎にどこか空虚でどこかやりどころのない不安めいた物を感じ取っていた。それは、今までの烈太郎には感じたことのない感覚である。

 少し前に、正太郎とエナのやり取りを見ていて、何となくだが二人の間に言葉には表すことの出来ない壁を見て取れるようになった。それは烈太郎にとっての人工知能としての進化と言えるのだが、それと同時に、彼にとっての絶対的な立場である正太郎の弱い部分までが感じ取れるようになっていたのだ。

「兄貴……」





 

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