虹色の人類⑰


 その衝撃たるや尋常ならざるものがあった。自分と寸分違わぬ外見をした大男の姿がそこにあったからだ。

 今やこの大国の需要人物として名を馳せている大膳とて当然人の子である。このような光景を目の当たりにして怯まぬわけがない。

 確かに鏡で自分の姿を映して見ることはあった。重要職に就く流れで写真やテレビカメラに映る自らの姿を見ない日は無かった。しかし、それは自分の意思による自分の今現在と過去を映し出した姿であり、このように全く自分の意識とは無関係なところで自分が活動している姿を見るのは必然的に生まれて初めてのことだった。

「これが私なのか……!? この姿がIM《イム》の作り出した私の複製人類だというのか……!?」

 その大膳を模した複製人類はペルゼデール・ネイションの軍服を身にまとい、いかにも血気盛んな表情で活き活きと民衆を煽り立てている。その叱咤激励とも取れる雄叫びは腹の底から燻り出すようなくぐもった声であり、だが、心のどこかにくすぶっている何かを呼び覚ます力が込められている。

「この抑圧されたまがい物の善を許すな!! 物事を金で釣るような悪しきシステムを許すな!! 我々の意思は自由である! 我々は目の前に吊るされた人参を追い駆けるばかりの家畜ではない!! 皆、自分の意思を持て!! 自分の考えに従い行動しろ!! それこそが我々が人間が人間たる所以なのだ!!」

 民衆は暴動の手を緩めようとはしない。

 どこからこんな反発を持った民衆が集い、いつの間にこのような力が表現されたものか。いや、それよりも、いつ自分自身の複製が行われたのだろうか。余りにも唐突な状況に、大膳の頭の中は様々な考えで一杯になった。

 人間というものは得てして小さな不満をも大きな流れに乗ってその行動を託してしまうという習性がある。ややもすれば、それは民衆の本来の目的でなくとも、いずれその潮流に飲み込まれてしまい兼ねない特性とも言えるのだ。

 だが、この〝もう一人の大膳〟は承知の上でそれをまざまざとやってのけて居る。それは見事という他に言葉が見当たらない。今の己自身よりも優秀なのではないかと考え込んでしまう程だ。

「ううむ……。は厄介だ。この複製人類は本当に私の心を良く見透かしている。私が表立って言葉に出せない感情と、私自身が抱いている国民に対してのネガティブな感情をそのままそっくり利用している。ああ、なんてことだ。奴らには、私自身の誰にも知られたくない負の感情までをも読み取られてしまっている……」



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