虹色の人類⑱


 大膳は言葉を無くした。これまで長い年月を費やして水面下の闘争に尽力してきたにもかかわらず、この虹色の人類の前では、それは正に無駄骨であったとしか言いようがない。

 彼は強い溜息を吐きながら、少し考えて間を置いたのち、

「ああ、度々すまない。山本君か。私だ。大膳だ。ああ、さっきのあの件な……、そうそう、対象を煮るなり焼くなり好きにして良いと言った件な。悪いのだが、急遽、厳重捕獲に変更してくれたまえ。そうだ、対象を殺さずに。無論、メディア関連には秘密裏にな。ああ、少し事情が変わったのだ。どうにか今後の研究材料にしたい。ああ、そうそう、その通りだ。よろしく頼む」

 彼は、先程の第一秘書に要件の変更を伝えた。何と言っても相手が悪すぎるのだ。どんなにお膳立てて表面を取り繕うとも、こうまで自らの心の裏側をストレートに表現されてしまっては、周囲はおろか、国民に対しての顔向けなど出来ようものではない。

 無論、国民は虹色の人類の存在は知らされていても、その特性を知らされてはいない。もし、その特性までもが公言されてしまえば、互いの裏側にある心の内が表現されてしまうことによって、社会全体の混乱は免れないからだ。

 しかし、このような状態も砂上の楼閣であり、永遠に保たれるものではない。そのうち事態が表面化することによって、他の寄留地や、母世界である地球からの情報拡散によって真実が世に浸透してゆくことは目に見えている。

「得てして、もう一人の私はそれを上手く利用する力を持っている。少なくともあの映像を見て私はそれを感じた。私に足りぬのはあの力だ。あの一見世間を跳ね返りみるような力も、我々人間の生命力を示す源なのだ」

 正にそれは彼にとってのカルチャーショックだった。誠実でお人好しに生きてきた彼からすれば、それが正道であり人生の指標だったのだ。

 しかし、自分と寸分違わぬ容姿の自分が、あのように正道から逸脱し、現王制政府に対して反旗を翻している行為を目の当たりにしたとき、その精気の爛々と輝きを増した姿を表現している。そして、何人なんぴとの批判にも怯まず、いわんやどんな困難にも怯むことを感じさせないその生命の輝きに、当の本人自体が魅入られてしまう結果に至ったのだ。

「私は今、この年齢になって自分自身の人生を完全否定された気分だ。今まで私の成し得て来ようとしてきたことは何だったのだ? 一体何のためにこんな国を作って来ようとしていたのだ……」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る