青い世界の赤い㊾


「はい!」

 小紋は、クリスティーナに言われるまま階上を辿った。小紋としても、これを戻れば後門の狼が待ち構えていることは承知の上だ。しかし、これが会って間もないとはいえ、あのマリダや父大膳の側近として仕える彼女であるがゆえ、言葉をそのまま真に受けざるを得ないのだ。

 二人が階段を駆け上がり、一度様子を見てから非常階段の扉を開けると、その階の廊下は静寂に包まれていた。

 同じ客室の扉が幾重にも連なり、そのフロアの中央は階下から階上まで突き抜けた吹き抜け構造アトリウムになっている。

 二人は目を見合わすと、別の階段の位置を確認し、一気に廊下を駆け抜けた。

「どうやら、このまま逃げ切れるかもしれないですね、クリスさん。だって、僕の腕に鳥肌が立ってないもん。ほら、ね?」

 小紋が腕まくりをしつつ言うや、

「そ、そのようですね。なら問題ありません。このままここを突っ切ってしまいましょう」

 クリスティーナは、内心裏切られた気がした。あそこまで執拗に攻撃を仕掛けてきた敵が、今更になって何の反応も見せていない。それどころか、小紋の天然無垢の生態センサーが示すように、戦う意思を持って迫り来ようともしていない。

(これでは、長きにわたって秘密のベールに包まれていた黄金の円月輪の真意が不明朗なままだわ……)

 クリスティーナは、思わずその場に立ち止まった。そして、

「小紋さん、ご免!!」

 と、彼女を後ろから抱きかかえるや、掌底で鳩尾みぞおちに正確無比な当身を食らわした。

 小紋は、

「え……!?」

 と、言葉を返す暇もなくスーッと意識が遠のいてゆく。

 そして、倒れ掛かる彼女の小さな身体を抱きかかえると、

「本当にご免なさい、小紋さん。でも、私の中に宿る好奇心という本能には逆らえないの……」

 そう言ってクリスティーナは、フロアの中央に鋭く目を向けた。




 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る