青い世界の赤い㊼

「先ず一つ目は、地球に強制送還された小紋様のご様子を逐一窺っていて欲しいのです」 

 マリダは、ペルゼデール・ネイション建国にあたって、小紋のことを気に掛けながらも、その安否や私生活の様子を窺い知る機会に恵まれなかった。

 先の一年以上もの間、マリダは小紋の従者以上の役割を担い、その私生活から仕事に至るまでのあらゆる部分のサポートを行ってきた。それゆえに、彼女に対する思い入れは肉親をも凌駕するものがある。

「承知いたしました、マリダ陛下。それに関しては、大変私も気になっているところです。なぜなら、大膳様のご様子にも、そのお顔色が窺えていましたものですから……」

「はい。やはりそうでしたか……」

 マリダは、少し複雑な表情をしつつ、

「大膳様はあの通りのお方ですものね。本来なら、いの一番に駆けつけてでも情報を知り得たいと思っている小紋様のことを、周りの方に気を遣って、それを言葉にすらなさらないでいる。そんなお辛そうな大膳様を見ているのも辛いのですが、何よりわたくし自身が、もっと辛いのです」

「お察しいたします、陛下」

 クリスティーナは返事をしつつも、マリダのまだ煮え切らない表情を見逃さなかった。余りにも人間という生物を完璧以上に移し込んだがゆえ、目の前のアンドロイドは、その優雅さと器量の大きさも含めて人間の心を魅了してやまない。なぜ人工物として生まれ出てきた彼女が、こうしてこの国の頂点の役割を任されているものだろうか。しかし、そんなことには、最たる理由があっても、特別な理由などいらないのだとクリスティーナは感じていた。

「陛下、お見受けしたところ、まだ何かお気になさっておられることがお有りなのではありませんか?」

「え、ええ……」

 彼女は、マリダが言葉にしようとも、立場上言葉にすることが出来ない事があるのだと察した。それは無論、この国を司る立場に相反する人物を想起させるものだ。つまり、マリダは、羽間正太郎という一人の馴染み深い男についての情報をも非常に気に掛けているのだ。

「陛下。それ以上お言葉になさらなくとも、その一件は私の方で何とか情報を集めてみるよう努力いたします。しかし、あの方はマリダ様もお分かりになられての通り、はやきこと風のごとしです。人並外れたネイチャーであるあの方を、この広大で自由の利かないヴェルデムンドで逐一情報を得るということは、至極困難であるかと考えます……」

「クリスティーナさん、ご面倒をお掛けします。そして何より、お心遣い感謝いたします。出来る事なら、全ての心配事をわたくし自身のこの体で行いたいのですが、今のわたくしの立場ではどうにも……」

「いえ、女王陛下。陛下のそのお気持ちを承るのが我ら親衛隊の役目なのです。ですから、それも全て承知しておりますゆえ、陛下は気兼ねなく何なりとお申しつけくだされば良いのです」

「気苦労をお掛けします。……なにせ、あのお方は、小紋様のことを本当に大切になさっておりましたから。逆にそれが不憫で……」

 マリダが言うには、羽間正太郎という男は、意外にああ見えて、すこぶる奥手な部分があるのだという。彼が、本当に大事に思う相手に対しては、なぜか安易に手を出さない傾向があるらしい。そういった二人の関係を目の当たりにしてきたマリダは、いつしか親心のようなものを抱くようになり、小紋のその行く末を居ても立っても居られなくなってしまっていたのだ。


 その話を面と向かって耳にしていたクリスティーナは、小紋に複雑極まりない嫉妬心を抱いたのは言うまでもない。

 冗談めいていたとはいえ、あの男にいきなりプロポーズをされたり、尻を触られたりと、何かとちょっかいをかけられた経験を彼女は持っている。

 しかし、その行動が、何より手を出されないことより価値の低いものであることを知らされた今、クリスティーナの目には、小紋の姿がとにかく眩しく見えて仕方がないのだ。


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