青い世界の赤い㉟


 扉は難なく開いた。が、が休まることを知らぬまま小紋を襲ってくる。彼女は、それをけつつ転げ回りながら廊下に飛び出した。

 廊下は混沌とした部屋の中とは違い、幾分か静寂をまとっている。まるでドアを隔てた天国と地獄の境目を見ているようだ。

 しかし、彼女はそこで一つの絶望を目の当たりにしてしまう。

「か、加藤さん!?」

 彼女が、粉塵まみれになった目をこすりながら見上げたその目の前には、なんと、頭部をごろりと切り落とされた女性従業員の立ち姿があったのだ!

 彼女は言葉を無くした。思考が全く回らなくなった。心がどこかへ飛んで行ってしまいそうになった。何の為に生き残ろうとしているのか骨の髄まで理解出来なくなってしまった。

 きっとこの女性従業員は、あの武器のとばっちりを食らわされ、このような無残な姿に変えられてしまったのに違いない。小紋が、身を隠す場所として選んだこのホテルだが、彼女がここを選ばなければ、この女性従業員がこんなむごたらしい死に様を迎えることはなかったであろう。

(そ、そんな……。ぼ、僕のせいで、加藤さんが……)

 小紋は、全身に力が入らなくなってしまった。力が抜けて身動きが取れなくなり、全ての注意力も働かない状態に陥った。ぺたんと小さな尻もちをついて、その場に座り込んでしまった。そして自然と涙が溢れ、止まらなくなった。

 小紋は座り込んだまま、首のない女性従業員の立ち姿が崩れ落ちる様子をただ見守っていた。その崩れ落ちた足元には、彼女の目を見開いたままの頭部がごろりと転がっている。その何も言葉を発せぬ頭部を、小紋は震える両手で抱え込みながら、

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい、加藤さん!!」

 と泣きじゃくりながら謝った。

 しかし、それで攻撃が終わったわけではない。小紋の両腕には、未だに激しく鳥肌が立ち続けている。

 刺客たちは、姿を一度も見せぬまま、あの武器で小紋を狙い続けているのだ。

 だが小紋は、罪もない何の関係もない人を、自分の浅慮の為に巻き添えにしてしまったことで、強い衝撃を受けてしまっている。もういやだ。もういやだ。もういやだ! 人が死ぬのはもう嫌だ!! こんなことならこの一件に首を突っ込むんじゃなかった。こんなことならお父様の反対を押し切って発明取締局のエージェントになんてなるんじゃなかった。こんなことなら羽間さんに憧れて、あんな世界になんて行くんじゃなかった!! 彼女はつい心の中にあった言葉を叫んでしまった。

 


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