青い世界の赤い㊱


 いつもは飄飄ひょうひょうとして捉えどころのなさそうな彼女である。しかし、実のところは常々途轍もないプレッシャ―の中で、心身共々圧し潰されそうになっていたのだ。

 人一倍強い好奇心と人一倍強い冒険心によって、羽間正太郎のような類を見ないアクの強い男に魅了され、ついにはあの野蛮極まりない弱肉強食の世界に移り住んでみたのだが、実際に見るあの世界は、彼女のような小柄で非力な存在には非常に厳しい場所であった。

 憧れの人について行きたい。その気持ちはまさしく本心である。しかし、それだけであのような世界を渡り歩けるほど現実はそう甘くはなかったのだ。

 それゆえに、父大膳から押しとどめられたヒューマンチューニング手術ですら、施術を受けようか受けまいか思い悩む日々の連続であった。

 そんな苦悩の中、彼女は一筋の光明を見た。探し求めていた羽間正太郎に偶然出会えたのだ。

 それからというもの、彼女自身の中でも迷いが消えたような気がしていた。しかし、現実にはそれはあり得なかった。なぜなら、どんなに彼女自身の技術が精進しようとも、周りの人々が虫けらのようにコロコロと死んでゆく様を見ないわけにはいかなかったからだ。

(もう嫌だよう、もう人の死ぬところなんて見たくないよう……)

 彼女はすでに精神的限界を超えていた。あの世界では散々人が死に過ぎた。戦争はとうの昔に終わったはずなのに、人々は絶え間なく多くの者が今現在でも命を落とし続けている。そして今回の一件も――

 それを職業柄目の当たりにし過ぎていた彼女は、何の関係もない加藤女史の死に様を目の当たりにして、が外れたように拒否反応を起こしてしまったのだ。

 小紋は、まだその場に座り込んで泣きじゃくっている。しかし、あの武器の刺客たちは、そんな彼女の無防備な姿を見てほくそ笑んでいることだろう。彼らにとって、これ以上の千載一遇の機会はあり得ない。

 刹那、今はなにも考えられぬ小紋に向けて、一筋の黄金色の輪が鋭い風切り音を伴いながら飛び込んで来た。無論、その光の筋は、あの刺客たちが好機とばかりに放った――黄金のチャクラムである。

 その鋭い輝きに満ちたチャクラムが、小紋のほっそりとした首筋に今まさに到達しようとしたその時――!!

「しっかりしなさい! 小紋さん!!」

 と、叱咤にも似た激しい叫び声が廊下全体に響き渡った。



 

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