青い世界の赤い㉝
彼女の心音は、今やマスコット人形を通じ、この部屋の至るところから聞こえている。この刺客が、離れた場所から微細な音を頼りに居場所を特定してくるのなら、こういったダミーが効果的である。
しかし、逆にこの仕掛けを張ったお陰で、彼女はここから動けなくなってしまった。これで自分が動く素振りでも見せてしまえば、一つの心音だけが移動したことを刺客方に知られてしまう。つまり、動いたことによって自らの居場所を特定されてしまう可能性が高いのだ。
(一時しのぎに考えた策だったけど、ちょっとだけ策に溺れちゃったかな……)
彼女は、自らの至らなさに焦りを覚えた。
これが羽間さんだったら、どうしたのだろう――
そう思った瞬間、また彼女の細腕に鳥肌が立ち始めた。再び刺客に殺意が芽生えたらしい。今度は鳥肌の立ち方が尋常ではなかった。どうやら相手方をより一層本気にさせてしまったようなのだ。
こうなったら、攻めるか守るか二つに一つ。彼女に一刻の猶予もない。
小紋は、ドアの向こうに意識を向けた。あの向こう側には、多分催眠術か何かで操られているルーム係の加藤さんがいる。何の関係もない彼女を、こんなことで巻き込むわけにはいかない。
だからと言って、プロの刺客が何の策も無しに仕掛けて来るはずがない。きっと、小紋が考えそうな逃げ道に網を張って、手ぐすねを引いて待ち伏せているに違いない。
相手は、あの装甲車さえ真っ二つにしてしまうほどの途轍もなく危険な連中だ。この間のように、
あの時、あの武器の軌道が読めたのは奇跡だと言っても過言ではない。はいまた次回もやってのけて、と言われても、そうそう簡単に出来る芸当ではないのだ。
(ど、どうしよう羽間さん……、次の手が浮かばないよう……)
彼女の心臓は、まるで地鳴りの如く悲鳴を上げていた。こんな恐怖は生まれて初めてだった。確かに危険な任務はいくらでもあった。しかし、あの世界に居た時は、片時も離れず守ってくれていたマリダがいた。正太郎がいた。そして、陰から支えてくれていた、父大膳がいた。だが、今現在は正真正銘、たった一人ぼっち。
(よし、もうこうなったら……!!)
無理にでも意を決するしか手立てはない。
彼女は思いきり歯を食いしばると、胸に張り付けた聴診マイクに手を当てた。そして大きく息を溜め込むと、
「ワアァァァァァァー!!」
と、いきなり聴診マイクに向かって奇声を発した。
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