青い世界の赤い③

「知らないことの方が当たり前かあ……」

 小紋は、天井を仰いだままそうつぶやいた。

 確かに、二週間前に起きた夕焼けと昼間の空の色の逆転現象については、多くの学者によって様々な考察が成されている。しかし、未だ全くと言ってよいほど完璧な結論には至っていない。

 そもそも、何でも最初から分かっているのであれば、学者も研究者も、そして小紋の前職のようなエージェントの仕事も要らなくなる。小紋はそう思っていた。情報も知識も最初から完璧に理解されていないことなど、これまでの人類の歴史を鑑みれば自ずと分かることだ。

 これはかつて、小紋が情報収集のために知り合った学者先生の言っていた言葉だが、

「私はそれが理解出来ているから学者になったのではなく、本当にそれが解からなかったからその道を選んだのだ。解かるかね、お嬢ちゃん?」

 と熱く語っていたのを思い出す。さらに、

「いいか? 小紋。世の中には、知らないことが多いからこそ、そこはかとないロマンが湧いてくるんだぜ?」

 その時、その学者先生の言葉に重なって、正太郎の活き活きとした表情が現れた。

「そうだね、羽間さん! 僕、こっちに戻って来てから忘れかけてた大事なことを思い出したよ。風華お姉ちゃんやお義兄さんには悪いけど、このままここに居たら何も情報を掴めないままだよね? ようし、こうなったら気合入れて出掛けて来なくちゃ!」

 小紋は、どうしてもあの弱肉強食の世界ヴェルデムンドに戻りたかった。どんなに危険な目に遭っても、どんなにつらい目に遭っても、大切な肉親である父大膳の真意を知りたかった。また、あんなに多く時を一緒に過ごしたマリダにも会いに行きたかった。さらに何よりも、様々な意味で深く心を寄せている羽間正太郎にもう一度会いたかった。そして、自分の思いのたけを全て伝えたかったのだ。

 それには、あの異次元世界とを繋ぐルートの手がかりを掴まなければどうにも前進しようがない。

 だが、幸か不幸か、今の今になってあの不思議な空の色の逆転現象が起きた。そしてさらに、ヴェルデムンドにしか棲息していなかった凶獣ヴェロンがこの青い水の星である地球に舞い降りてきたのだ。こんな途轍もなく出来過ぎた材料が目の前にあるにもかかわらず、それを遠くからデータ上でうかがっていては愚の骨頂であると思うしかない。

「確かに今の僕はただの一般人だけど、一応これまで発明法取締局のエージェントとしてやって来た経験もある。それに、色々と羽間さんに教えてもらった沢山の生き抜く知恵もある。これで何も出来ないなんて言ったら、鳴子沢家の末代までの恥よ!」


 

 

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