青い世界の赤い②



 小紋は、あれからというもの、ヴェルデムンドに帰れる手立てを独自に調べ上げていた。

 しかし、ここはヴェルデムンドでもなければ、今は無き発明法取締局のオフィスでもない。情報収集に限りもあれば、地球での生活環境はまるで生きるための概念が違い過ぎる。

 元々どういうわけか、ヴェルデムンドに移住を果たした人々は、その環境があまりにも命懸けであるにもかかわらず、元居た地球に帰還するという行動を取らないことが多かった。

 ある者は、

「多くの人々は、そこに生物としての可能性を見出したからだ」

 と語ったりしたのだが、それが真意であるのか否かは未だ不明である。

 それはさておき――

 夜も寝ずに各所にハッキングを行い、どうにかして父大膳の語っていた秘密組織【ペルゼデール・デュワイス兄弟団】のことや、彼女らもその存在を疑わなかった機械神【ダーナ・フロイズン】に関してのデータを片っ端から調べ上げようとしていたが、これがどうにも全くヒットしてこない。

 このインターネット上の情報世界には、一般人には触れられていない領域が山ほどある。そういった事は、彼女の前職からも伺い知れているところだ。がしかし、どうにもそれら秘匿的な情報はデータベースにすら一言もアップされていない状態なのだ。

「当たり前よね。昔、ある国の禁酒法時代に、その裏帳簿を巡って争奪戦が行われたって話は有名だけど……、もし僕がその組織の首領ドンなら、最初から裏帳簿なんて物を作ったりしないもの。そうすれば、何かあっても他の組織にその内容自体が漏れることはない。……でも、組織内で代々その概念を共有する必要性があるとすれば、他の人々に全く分からない言語や概念、さらに通信手段を確立しているはずだもんね……」

 小紋は、端末のハッキングアプリケーションから一度ログアウトすると、椅子の背もたれにもたれ掛かり、思いっきり背伸びをした。

 その時、見上げた天井に羽間正太郎の真剣な眼差しが重い浮かぶ。

「羽間さん、どうしてるかなあ……。まだベッドの中で眠ったまんまなのかなあ……」

 彼女はまだ、正太郎が身体的に復活を遂げた状況さえ知らされていない。なにせ、新国家ペルゼデール・ネイションの建国があって以来、次元渡航は技術的に寸断され、人や物資の往来どころか情報さえも完全に隔絶されたままなのだ。

 だが、あの父大膳が別れ間際に残して行った言葉に含みがあった事から、どうやら羽間正太郎が心身共々無事であり、それによって自らと正太郎を引き合わせまいとしている節がある事を感じ取っていた。

「そうでなければ、あんなにムキになってこっちにいろ! だなんてお父様が言うはずがないもの。見え見えよ! 僕には何でも分かっちゃうんだからね、お父様!!」

 小紋は、その可愛らしい頬をぷっくりと膨らませて天を仰いだ。

 それと同時に、ヴェルデムンドで羽間正太郎に出会った頃に、彼から教わったある教訓を思い起こす。

「なあ小紋。俺ァなあ、この三次元ネットワークとかいう現代の魔法の箱が、まだ完全なものだとはこれっぽっちも思っちゃいねえ」

「どうして? 羽間さん」

「だってよ。いくらこれだけ発達した通信手段が確立したとしても、そこに上げられているデータが不完全なら意味ねえじゃねえか。だからよ、俺ァ、戦略を立てる時ァ、自分の目で見て自分の身体で感じてからじゃねえとダメなんじゃねえかと思う時があるんだ。そりゃまあよ、全部が全部一個人が知ることなんて限られているがな」

「もしかして羽間さんて、完璧主義者?」

「まあ、よく他人からはそう言われちまうことがあるけどよ。俺から言わせてもらえばそれは違う」

「じゃあなあに? それは何なの?」

「ああ、そりゃあ全てを知っている方が有り得ねえってことさ。俺たちの知っていることなんざ、この世界のほんの一ミリにも満たねえ情報なんだ。だからよ、逆に言えば、知らねえことがあった方が当たり前のことなんだ」




 

 

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