黒い夏の25ページ


 それは正に、早雲の本来の姿である〝方天戟17号〟で間違いなかった。肩に大きくペイントされた17号の文字。そして、数々の実践や訓練などで削られた細かい傷の入り具合。これと言って特別ではない機体ではあるものの、その風体からしてどこからどう見ても方天戟17号の姿そのものである。

 勇斗はゴクリと喉を鳴らした。こうやって相対して見る方天戟17号の姿は、精悍であり暴力的であり、いかにも誇らし気である。今の今まで慣れ親しんで来た愛機のその存在は、間違いなく荒々しい戦場を駆け抜けてきた戦闘マシンなのだ。

「ユートさん……」

 早雲は、縛られたままの体を勇斗の背中に寄り添わせた。彼女は、自分の元の姿を目の当たりにしたことで衝撃を受けているのだろう。それが勇斗の背中越しに、小刻みな震えとなって伝わって来ている。

「気をしっかりと持て、早雲。いずれ俺が何とかする」

 勇斗は、彼女の不安をなだめるかのように小声で呼びかける。それが出来るという根拠こそないが、勇斗はその言葉がすんなりと言えた。早雲も、その勇斗の気概に呼応して、

「はい……」

 と、小さく一言だけ返す。

 ただならぬ気配が辺り一帯を支配し、早雲の不安そうな息遣いが、勇斗の耳元に聞こえてきたその時、

「ハッハッハッハ!!」

 と、不敵な笑い声がどこからともなく聞こえてきた。その笑い声は、若者とも成人とも老人とも区別がつかないぐらい入り混じった男の声であった。がしかし、疑いなくそこには自信というものが満ち溢れていた。

 勇斗は、その声の発生源がどこなのかを耳でうかがいながら辺りを見回すと、それが目の前に仁王立ちする方天戟17号からの物であることを察知した。

「方天戟? あそこから……?」

「ええ、そのようです、ユートさん。わたしの元の体のハッチが開いていて、そのコックピットの中から声が聞こえてきているようです……」

 それは早雲の予測通りであった。方天戟17号の機体は、サーチライトが背中越しに照らし出されていて、まるで後光が差したようにシルエットが際立たされている。しかし、フェイズウォーカーのハッチは基本背中に設置されているために、その状態を知ることは出来ない。

 だが、さすがは人工知能はや雲である。どんなに、その意識を人間にアップロードされた状態でも、状況把握の感覚だけは冴えている。

 彼女は言いながらも、まだ精神的衝撃による震えが収まっていない。そんな彼女に、

「早雲、どんなことがあっても必ず俺が守るからな。大船に乗った気分でいろ」

 勇斗はすかさず声を掛ける。

「はい、ユートさん……」

 彼女もまたそれを受け入れる。確かに勇斗はまだ頼りない男であり、人生経験も少ない少年そのものである。だが、それを言ってくれる覚悟に心打たれるのだ。

 そんな雰囲気の良い二人のやりとりであったが、この後、途轍もない絶望感に襲われる事となる。その理由とは、勇斗の方にあった。




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