黒い夏の26ページ
勇斗がそれに気づいたのは、傍に寄り添っていた早雲の態度が急によそよそしくなったからだ。彼の耳元から首筋にかけて当たっていた早雲の息遣いが、急激に遠のいたのだ。
彼は、その異様な感覚に彼女の方を振り返ると、そこには
「は、早雲……」
勇斗は、初めて彼女の人間の姿を目の当たりにした。大きな黒い瞳に白い肌。両掌にすっぽりと収まってしまうのではないかというぐらい丸い輪郭の小さな顔。その上、後頭部で一まとめにした漆を流したようにきらめく長い黒髪がやたらと印象的だった。その美しくも可愛らしさを前面に押し出した容姿は、まるで日本の伝統行事に使用されるひな人形の三人官女のいずれかを想起させる。
そんな美しい彼女の瞳が、よそよそしい眼差しで見開かれている。あの心身ともに頼り切っていた何かが、引き波のように遠のいていってしまっている。
「は、早雲? 一体どうしたんだ? 俺の顔に何か付いているのか?」
勇斗は一抹の不安を抱えながらも、率直に尋ねた。だが、早雲は首を横に振るばかりで何も答えようとしない。
その時である――
あの不敵な笑い声が再び洞内に響き渡った。
「アッハッハッハッハ! 貴様らが驚くのも無理はない。その互いの姿を確認してしまえば
その癖のある喋り方に聞き覚えがあった。この何とも古臭い言葉遣いは、あの一本頭のねじの外れた老博士、アルベルト・ゲオルグ氏に間違いない。
「は、博士! アルベルト博士なのか!?」
「そうじゃ、
そうは言うものの、一度喋るごとに、何人もの声が同時に話されているようにも聞こえる。まるで混声合唱のように。
「博士! アンタはなんでこんなことをするんだ!? それよりも、そこにある早雲の元の体を返せ! 早雲をフェイズウォーカーに戻すんだ!!」
勇斗は、無理を承知でこんなことを言っている。とち狂った老人が、この程度の要求で考え方を
だが、彼には目的がある。どんなことをしても、何が何でもセシルを探し求めなければならないという執念がある。
それには、早雲をフェイズウォーカーの体に戻さなければならない。今の早雲の可憐な姿も惜しいところだが、目的を完遂するためにはそれが得策なのだ。だが、
「少年よ、聞くがよい。儂はこの世界に革新をもたらす良い発明を行った。そしてそれは成功した。しかし、誰もそれを認めようとせん。どうして誰も認めようとせん? それは、民衆のその殆どが愚かだからじゃ。目先の利益に囚われ、表面上の利便性に囚われ、利己的な欲望に囚われて、より大事なものに目を向けられんからじゃ。だから儂はこの世界に、儂の作った発明を知らしめて、その必要性と現行のシステムの問題点を明らかにさせるのじゃ! 貴様が乗って来たこのマシンと肉体によってな!!」
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