黒い夏の19ページ

 勇斗はその時思った。さっき、早雲が突然言葉を切った時も、こんなふうだったんだな、と。

 何か思いがけないほどの強い衝撃を受けた際は、人はまともな考えが回らなくなる。それが、早雲が言うほどの初めての衝撃ともなれば尚更だったのだろう。

「だ、大丈夫だ、早雲……。骨が折れたわけではないと思う。ただ、打ちどころが悪くて……」

 勇斗は、なるべく早雲に心配をかけまいと冷静を装った。

「ユートさん、あまり無理しないでください。だって、ユートさんは、それでなくても腕に怪我をしているはずなんだし……」

 早雲が、それでも勇斗の体を気遣って声を掛けてきたが、勇斗はそれで思い出したことがある。それは、

「あれ、おかしいぞ。いつの間にか怪我が治ってる……」

 ということだ。

「えっ? 怪我が治ってるですって?」

 互いに驚くのも無理もない。なぜなら、勇斗の銃弾によって傷つけられた怪我は思ったよりも深く、数時間程度で治る代物ではなかったのだ。それが痛みもせずに、落ちた時の衝撃ですら出血もしていないらしい。

 不思議に思った勇斗は、

「さっきから感じていることなんだけど、俺の体、何だか凄く重いような気がするんだ……」

 と、もう一度体を揺らしながら、早雲の声のする方向に移動しようとする。すると、

「重いような? 重いようなとはなんですか?」

 と、早雲は受け答えする。

「あ、ああ……、何て言うか、自分の体じゃないみたいに力があるというか、何と言うか……」

「それ、言っている意味が分からないようで、何だか分かるような気がします。だって、わたしも同じなんです。さっきから、わたしがわたしであって、わたしじゃないみいたいな……」

「な、なんだって!」

 その瞬間、勇斗の体から一気に血の気が引いた。それは、心当たりがあるからだ。

 あの一本ねじの外れた老博士に捕まったともなれば、それはあり得る話である。彼の見当違いや、思い過ごしでなければ、現実にない話ではない。

 勇斗は、今まで以上に必死になって体を芋虫のように這いつくばって、早雲の声のする場所へと体を移動させた。もうこうなれば、何が何でも自分自身の感覚で確かめなければ気が済まない。

「早雲! 何でもいいから声を出し続けてくれ! 俺は、その声を頼りにそっちに向かうから!」

「え、ええ……。でも、気を付けてください。また、どこかに落ちてしまったら、元も子もないですから」

「分かってるって。もう、そんなヘマはしない!」

 勇斗は無我夢中で先を急いだ。今、彼の頭の中を駆け巡る事案とを比べれば、先程の落ち込んだ痛みなど目の前で屁をこかれるより問題ではない。ただ、今置かれた状況を確認したいのだ。

 彼は、鍾乳石の凹凸で、体の表面が削られる痛みを物ともせず進んだ。息が上がり、多少の血が滲もうとも前に進んだ。

「ユートさん、こっち。こっちです。ユートさんの息遣いが近寄って来てます。そのまま真っ直ぐ来てください!」

「あ、ああ、分かった! もう少し声を出し続けてくれ!」

 勇斗は間違いなく早雲の近くへと接近しつつあった。そして、その声がかなり近くなった時、

「はうっ……!!」

 早雲の痛みを伴うような、思いがけないほどの艶っぽい声が彼の耳元で聞こえた。その瞬間、勇斗の顔面がつきたての餅のような、何とも得も言われぬ感触に包まれたのだ。



 

 

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