夏の黒い20ページ

「あ、やん、ユ、ユートさん……ちょっと……ちょっと!!」

 早雲は、とてもやりきれない声を上げてジタバタと体をくねらせた。

 勇斗は、突然の夢見心地にしばしウットリしていたが、

「あ、ああ、ゴメン、早雲!!」

 そう言ってまた真っ暗闇なので表情をうかがわれないことをいい事に、できるだけ冷静を装った。

 しかし、この何とも表現しようのない温かみのある弾力。そして、男には存在し得ない花の蜜のような柔らかな芳香。勇斗はそれを感じた時、一瞬でこれが現実だということを悟った。それは正に、彼が予測していた通りの最悪の事象であった。

「……でも、でもさ。こ、この感触って……!? お前、やっぱり……」

 そこで彼が言葉を切ると、早雲もまるで全てを納得したように、

「や、やっぱり、そう思いますか? わたしも何だか……そう思います。多分、わたしも勇斗さんと同じことを考えている……」

「そ、そうだよな!? やっぱりお前、どうやら人間にされちゃったみたいだよな。しかも女の子に……」

「え、ええ……」

 本当に何も見えない真っ暗闇の中であるが、目で見なくてもその姿の感覚はそれとなく分かる。なんと、フェイズウォーカーであった人工知能早雲は、人間の女性の姿に変えられてしまっていたのである。

 これは、にわかには信じ難い出来事であった。

 確かにこの時代に於いて、人間とアンドロイドの区別が困難になってきていることは先刻承知の事象である。現に、新国家ペルゼデール・ネイションの女王たるマリダ・ミル・クラルインに至っては、人間と比較しても、その違いを探す方が難しい。強いて言うなら、マリダの美貌や優秀さが飛び抜けているがために不自然であるところが、その違いであるというぐらいである。

 今回のこの早雲の一件を鑑みると、この技術はその事象の斜め上を行っていると言ってよい。あの一本ねじの外れた老博士アルベルト・ゲオルグ博士は、純粋な戦闘マシンの人工知能を、生身の人間に埋め込んでしまったのだ。

 皮肉なことに、黒塚勇斗の恋人であるセシル・セウウェルは、その肉体の八割を機械に変えてしまった、言わばサイボーグに近い存在である。そして今回の早雲に関して言えば、これは〝逆サイボーグ〟であると言わざるを得ない。

「そんなことって、そんなことってあるもんか……!?」

 勇斗は首を振ってその場に倒れ込んだ。このショッキングな事象に混乱するばかりである。

 しかし、混乱しているのは何も勇斗ばかりではない。当の早雲など、それ以上である。



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