夏の黒い17ページ


 その声は女の声であった。まだうら若い女特有の張りのある美しい声。勇斗は、初めて聞いた声だというのに、その声にどこか親しみを感じた。本能的にだが、どこか知っている人が話しかけてきたように思えた。それ以上に、この何も見えない真っ暗闇の中で、一人むせび泣いていたことを知られてしまったのがとても恥ずかしかった。

「だ、誰? 誰だ……!?」

 勇斗は、何とかごまかそうと思って、出来るだけしっかりした声で言った。すると、

「わたしです。早雲です……」

 と、その声の主は返してきた。

「えっ? なに? 早雲だって? な、なんで早雲が……!?」

 勇斗は正直驚いた。だって早雲は、あの時気を失ってここにいなかったじゃないか。……にしても、なぜ早雲がここにいるのだろうか? 勇斗は思ったが話は早い。早雲は方天戟17号に設置された黒塚勇斗専有の人工知能である。この危機的状況から脱するなら、願ってもない相手である。

「は、早雲! お前が早雲なら、この俺を縛っているロープをほどくなんて朝飯前だよな? 真っ暗で俺には何も見えないけど、フェイズウォーカーのお前なら簡単だよな? さあ、ほどいてくれ。そしてここから早く脱出するんだ!!」

 勇斗に一筋の光明が見えてきた。いや、ここは実際には真っ暗闇の鍾乳洞の中なのだが、先程まで絶望にあえいでいた胸の内が一変。思いがけないところに無二の相棒のご登場とあっては、希望が湧かないわけがない。ところがである。

「ユ、ユートさん……。そ、それがわたし、思うように体が動かないんです。何だか、体じゅうに締め付けるものがあって……」

 早雲はまた、うら若い艶のある女の声で答えてきた。その声を発するたびに、全身をもがく仕草の音が聞こえて来る。その合間には、力づくで締め付けるものから脱しようとする息遣いが漏れる。その息遣いが妙になまめかしい。

「か、体じゅうに締め付けるものだって……?」

「そ、そうなんです! 普通、この程度だったら、わたしがちょちょいとやれば切れる物なのですが、どうしても切れ……あうっ!!」

「ど、どうした早雲!?」

 早雲は、唐突に唸り声を上げて黙ってしまった。その間、何度か声を掛けたが、返事が返って来ない。



 

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