夏の黒い16ページ


 ヒタ……ヒタ……と水滴の垂れる音が聞こえて来る。勇斗の耳元にひっきりなしに。何万年という長い歳月が作り出した岩肌に囲まれて、静寂と僅かばかりの水滴が神秘的なリズムを奏でている。

 辺りは真っ暗闇だった。ただ、鍾乳洞特有の滑らかで心落ち着くような匂いだけが、彼の感覚をくまなく支配している。

(このまま眠ってしまいたい。いっそのこと、このまま死んでしまいたい……。そうすればきっと、何も辛いことも哀しいことも考えずにいられるのに……)

 彼は、自分がどこか平らな地面に、全身をロープのようなもので縛られ寝かされていることに気付いていた。これはきっと、あのアルフレッド・ゲオルグという一本ねじの外れた老博士の仕業に違いない。そして、あのおぞましい実験体たちにそれをやらせたのに違いない。

 どんどん記憶が蘇ってくるたびに、彼はさらに目を強くつむった。もうやだ。もうこんな現実まっぴらだ。どうあがいたって、どう頑張ったって、状況は悪くなる一方じゃないか! 勇斗はこのまま消えてなくなりたくてたまらなかった。

 確かに現状は厳しい。やっとの思いで新国家の市民権を得、これからだという時に、一番信頼を寄せていた恋人の謀反によって地位も名誉も剥奪された。その上、自らの意思で起こした強奪劇も、こんな意味不明な場所で中途半端になってしまっている。

(セシルさんに会いたい……。会って、彼女の真意を知りたい……)

 そんなどうしようもなく強い思いが、こんな無謀な強奪劇へと誘ったわけだが、この有様ではどうしようもない。

 冷静に考えてみれば、彼女を探すと言っても当てがあるわけでもない。どこに行ったとかの情報さえ微塵も解からない。

 勇斗は、自分がこの世の中でどれだけちっぽけで、どれだけ無力なのかを今更ながら思い知らされた。

 自分より大人の人たちって、一体どうやって生きているんだろう? 一体、こんな時どうやって乗り越えているのだろう? どうして生き残っていられるのだろう? 本当に不思議で堪らなかった。

「セシルさん……」

 情けなさで涙が溢れ出てきた。今、こうしてセシルを思う気持ちは、本当に自分が彼女を愛している故のものなのだろうか? ただ単に自分は、彼女の年上で器量が良くて面倒見の良いところに甘えているだけではないのか? 彼女を利用しているだけの話ではないのだろうか? 

 今回の強奪劇にしてもそうだ。ただ自分は、そんな甘やかしてくれる相手を求めてやけを起こしているだけではないのだろうか? と、考えが迷走し、とても心静かに眠れるものではなかった。

 勇斗は、止めどなく流れる涙と鼻水を何度も何度もすする。そんな折、

「ユートさん……。ユートさん……。もしかしてそこにいるのは、ユートさんじゃありませんか?」

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る