野望の108

 

 あのエナは、エナであってエナでない。正太郎はそう言った。これは一体どういうことなのであろうか?

 烈太郎はさらに混乱するが、目の前の爆撃がどんどん激しくなるに連れ、森を焼く火の手も広範囲になってゆく。

「おい、烈! あんまりのんびりとくっちゃべってる場合じゃねえぞ。このままここに居たら、間違いなくヴェロンの大群の襲撃に遭う。ヴェロンは火の手を嫌うが、俺が思うにこの岩場にはベムルの実をふんだんに撒き散らしてあるはずだ。つまり、お前の体はもうベムルの実のフェロモンでムンムン状態なはずだぜ!」

「えっ!? な、何でそんなことが分かるの、兄貴?」

「そりゃ決まってんだろ。俺が敵なら間違いなくそうするからだ」

 烈太郎は言葉が返せなかった。もうこうなると、何か自分が別次元に迷い込んだような気がしてならない。

 どこをどうあがいたとしても、行動より現実の方が先を行き過ぎている。正太郎とグリゴリのやり取りが現行の時間よりも先に成立してしまっている。

 そして、エナの一件にしてもそうだ。正太郎は、エナが死んでいないという。だが、あのエナは本物でないという。なのに、彼女は間違いなくエナ・リックバルトなはずである。

 なぜ正太郎にそんなことが分かるのか? 一体なぜ、グリゴリはこうまでして正太郎を執拗に追いかけ回したりするのだろうか?

 何もかもが謎だらけの悶々とした状態の中、烈太郎は渋々ホバーを全開にし、

「兄貴! このままオイラが敵にやられちゃって謎が謎のままになっちゃったら、絶対に兄貴の枕元に化けて出てやるんだからね!」

「ぷっ、なんでえそれ! 戦闘マシンのテメェがどうやって化けて出るんだよ! しかも、テメェがやられちまったら、俺もテメェと立場は一緒だろうが!」

 全く冗談なのか本気なのかは分からないが、烈太郎の言いようは日増しに人間味を帯びて行く。

 烈太郎は、胸の奥底に悶々としたものを抱え込みながら、

「兄貴ぃ! 前方十一時から二時の方向にヴェロンの大群をキャッチしたよ! もうこうなったら、オイラメチャクチャ頑張っちゃうからね!」

「おうよ! その意気だ、烈!! どのみちヴェロンのヤツらは、お前に向かって飛び込んで来るに違えねえ。ならばこっちから仕掛ける方が三割増しでお得感が跳ね上がるってもんだぜ! いいか、ヤツらの意気込みに負けんじゃねえぞ!!」

 


 

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