野望の㊶


 奪われた者の恨み? 妬み? 嫉み? それとも、ヴェルデムンド新政府が幅を利かせてしまうと都合が悪い連中の妨害?

 様々な憶測が立つところだが、現在の正太郎にはそれらを考えている余裕などない。ただ今は、自らの画策した作戦を遂行し、目的を果たすのみである。

 その為には、あと残り48時間の間にアンナ・ヴィジットの研究によって生み出された“エクスブースト”を必要量確保しなければならない。

「アンナ。今夜はまだ用事があるんだ。また明日落ち逢おう」

「うん……分かったわ。それじゃあ、また……」

 寄り添い合ってホテルを出た途端に、アンナは言葉数が少なくなっていた。

 別れ間際、名残惜しそうに目を細めて手を伸ばす彼女に、正太郎は心のどこかに罪の意識を感じた。


 

「少なくとも、このアンプルの量で言えばあと二本は必要だな……」

 正太郎は、蔵人の住まいに戻り端末と向き合う。アンプルの中身が、間違いなくエクスブーストであるかの確認は怠れない。何しろこの物質自体に今後の行く末が掛かっているのだ。

 この時代のマシンの動力は、そのほとんどが電力で起動している。

 その中でも、アンドロイドやミックスといった存在においては、ピンポイントブーストと呼ばれる電線やジャック、コンセントといった物を使用せずに電力を供給できるシステムを採用している。

 その技術のおかげで、いちいちエネルギースタンドなどで充電に寄らずとも起動し続けられるのだが、正太郎の行おうとしている、

『三十万人分のプロテクトキーを解除する』

 という行為ともなれば、その一斉電力供給は困難になる。

 何せ、使用電力の半分以上が大型人工知能と分類される者たちへ供給されているという実態があるからだ。

 フェイズウォーカーのような戦闘マシンにおいては、搭載されたジェネレーターによる発電で賄われているのだが、エナ・リックバルトの後見であるグリゴリのような大型人工知能はその限りではない。

 大型人工知能は、その本体にかかる電力以上に、それを冷やすためのシステムに三倍以上の電力が必要である。

 そのため、随所に大型人工知能を配備して統括させているヴェルデムンド新政府には、新政府が設立した国家の国民への電力供給よりも、その各々の大型人工知能への供給の方が遙かに上回る。

 正太郎の作戦において、先ずはその大型人工知能への電力供給を断ってでも制限し、全てのミックスへの供給に努めなければならない。

「情報部に作らせたクラッキングウィルスをここのマザーコンピューターに流し込んだとしても、電力は到底足りたもんじゃねえ。だがよ、このエクスブーストを随所に添加すれば、一時的に必要量まで上げることが可能になる。後は、この俺の力量次第ってわけなんだが……」

 全てにおいて、この作戦は綱渡りの連続なのだ。どの要素が欠けてっしまっても作戦遂行の鍵が得られない。



 


 

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