野望の㊵


 アンナという女性は根が素直であり、従順で何よりも子供の頃から蔵人を愛していた。

 彼女がヒューマンチューニング手術を受け、ヴェルデムンド新政府に加担するようになったのも蔵人によるアドバイスがあったからだ。

 とにかく優秀な彼女は、蔵人の為に人生の全てを捧げているようなところがあった。だが、二人の間にはそういった関係によるストレスは全く存在せず、端から見れば極めて真っ当な愛の育み方をしているように見えていた。

「今度僕、この君の研究を基に世界から戦争を無くす算段を調えているんだ」

「えっ、それはどうやって?」

「それは見てからのお楽しみだよ。こんな馬鹿馬鹿しい戦争なんて、早くみんな終わらしたい。だけど、戦争だとか政治だとかは、大きく見て二つの考え方のぶつかり合いのように見えていても、本当はその大きな流れに乗った様々な腰巾着の主導権争いみたいなものさ。大義名分なんて所詮お飾りみたいなものさ」

「そうね、その通りね。マーティズ、あなたの言う通りだわ。それは解かるけれど、でも、だからって……」

「まあ見てなって。そのうち大変なことが起きるから」

 蔵人に扮した正太郎は、不敵な笑みを浮かべて彼女の額にキスをした。

 実は、本物の蔵人・ジミー・マーティズ自体に元々かなり怪しい動きがあったのは、反乱軍の情報部の間では知られた話だった。

 彼は、その技術士官という立場でありながら巧みな話術で関係各所に様々なコネクションを築き、時には地球に出向いてあらゆる企業の名だたる人物と接触を試みたりしている。

 言うなれば、彼は“打倒ヴェルデムンド新政府軍”を掲げる、とある組織の回し者であることまでは調べは付いていた。だが、その組織が何であるか、そして目的が何であるかまでは突き止められてはいない。

 というのも、ミックスである彼の補助脳を介してデータを探り出そうとしても、そこまでは解析できないという不測の事態があったからだ。

 その状況を知らされていた羽間正太郎は、蔵人の記憶データの解析できた部分に興味を抱くとともに、作戦の切り札として使えるという判断をし、現在に至ったわけである。

「蔵人・ジミー・マーティズがやろうとしていたことは、新政府に属する全ての人々のオーバーロードだ。誰に頼まれてやろうとしていたのかは解からねえが、新政府の内側から全滅を謀ろうとするとは見上げた奴だぜ。それをよ、俺たち反乱軍が偶然阻止しちまったんだから皮肉なもんさ。でもよ、蔵人。俺ァそれを今から利用させてもらうぜ」

 と思いつつも、正太郎にはある程度の予測はついている。蔵人を仕掛けたのは、新政府軍にゲッスンの谷を事実上横取りされてしまった連中の仕業であることを。



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