野望の㊴
蔵人に扮した正太郎とアンナは、ライトアップされたゲッスンの谷が一望できるフレンチレストランで優雅なディナーを済ませると、そのまま近くに予約を取っていたホテルで大人同士の肌の触れ合いを楽しんだ。
こういった戦時下であれど、彼らの様な研究者や技術屋という存在は何かと浮世離れした生活を送れている。それはまだ、神となりし存在の人工知能が、人工知能単体で革新を掴むことの出来ない証しである。
アンナは、まだ体の火照りが冷めやらないまま、蔵人に両腕を絡ませて、
「ねえマーティズ。今度の私の研究のことなんだけど……」
「ああ、なんだい? アンナ」
蔵人に扮した正太郎は、甘いささやき声で返す。
「今やっている研究を最後に、わたし研究所を辞めようかと思うの」
「ほ、ほほう。それはどうしてだい?」
「だって、もうこれ以上、これを研究所から持ち出したりするのは危険だからよ」
アンナは深刻な表情になりながら、二の腕の辺りを片方の手でさする。すると、二の腕の部分の小さな扉が開き、親指大の小さなアンプルを差し出す。
そのアンプル容器の中に満たされたものは、コバルトブルーに光る粘性の液体である。
蔵人は、それを涼しい表情のまま手渡しで受け取ると、
「そんな寂しいことを言っちゃいけないよ、アンナ。この煌めくような液体の美しさは、まるで永遠に輝き続ける君そのものを表しているようさ。このエクスブーストの研究を辞めて、この僕と添い遂げるのも選択肢の一つだが、このプロジェクトをやり遂げてから家庭を持っても遅くはないね」
「そうだけど……」
アンナ・ヴィジットは戸惑いの表情を浮かべながら、彼の胸板に頬を寄せた。
彼女が、正太郎扮する蔵人に手渡した代物は、“エクスブースト”と呼ばれる超機密研究の試作品である。
このエクスブーストとは、この谷で採掘される極希少鉱物ゲッスンライトを、独特の加工技術により液化させた物質である。
このエクスブーストを“ミックス”と呼ばれるヒューマンチューニングした人々に添加すると、一時的に機能効果がアップするという。さらに、相乗効果により感覚係数や知能指数が二乗倍に膨れ上がるという結果が得られている。
それを添加された被験者の中には、
「やはり神は存在した!」
などと言って意識が高ぶってしまう者もいるという。
それはまさに、機械に対して効果が表れる興奮剤であり、覚せい剤と言ってよい。
エクスブーストを添加されたミックスやアンドロイド、そしてフェイズウォーカーなどは、漏れなく一時的なスーパーマンならぬスーパーマシンになれるのだが、その効果が切れた後は必ず電圧異常のオーバーロードを起こし、大半はスクラップになってしまう。
常々、反乱軍の諜報部員がこの研究の情報を小耳にはさんでいたのだが、先日、本物の蔵人・ジミー・マーティズという人物を捕獲したことにより、その研究が本物であることを確信したばかりなのだ。
さらに驚いたことに、本物の蔵人は、幼馴染である年上の研究者アンナ・ヴィジットをたらし込んで、その試作品を横流しさせ、転売目的で悪用していたことが分かった。
アンナは、幼いころから好意を寄せている蔵人の術中に嵌まり、今では引くに引けない状態にまで堕ちていた。
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