野望の⑰


「ううん、ごめんなさい。あたしも感傷的になり過ぎていたようだわ。自分たちがそうだったからって、あなたに感傷を押し付けてしまったのはあたしの方なのかもしれない。境遇は人それぞれなのにね。でも、どうしてもあなたには頼りたくなってしまうのよ。これもあなたがインターフェーサーたる力の所以なのかしら……」

 エナは、そこで言葉を切ると、軽くお辞儀をして朝食の支度をしている兵士たちの元へそそくさと小走りに行ってしまった。その足取りは、どこか力なくどこか憂いに満ちている。

「おい、エナ! あんまり無理すんなよ。時にはここにいるお兄さんの温かい胸を借りてみるの悪くないもんだぜ!」

 正太郎が大きな声で呼びかけると、

「あら、お兄さんではなくおじさんの間違いじゃなくって? あんまり変なこと言うと、親衛隊の人達に命を狙われるわよ」

 と、エナは振り返りざまにニッコリとした表情で応えた。その笑顔は、思春期を迎えたばかりの少女の物であった。


 

 それから正太郎は、しばらくエナ・リックバルトを始めとしたムスペルヘイムの生き残りたちと行動を共にすることにした。アヴェルが用いたあの奇妙な戦略兵器が使用されて以来、この地平には何が起こってもおかしくない状況にある。それだけに、少しでもその対処法を心得ているエナたちのケーススタディを取り込む必要がある。

「にしても、驚いたぜ。あの可愛らしい生き物が、あんな作用を起こすだなんてな。なあ、烈?」

 簡易的なキャンプの撤収をしながら、正太郎は正気に戻った烈太郎に話しかけた。無論、烈太郎はどこかバツが悪そうな様子で、

「あ、兄貴ぃ、そんなにオイラを虐めないでよう。オイラだってわざとじゃないんだからさあ」

「へへっ、そりゃそうだ。俺だってそれを言えば同じ穴のむじなも同然さ。確かに可愛い生き物を前にして何の気なしに魅了されちまったんだからな。だけどよ、まさか魅了されている間に時間の感覚が狂わされちまうだなんて思ってもみなかったぜ。なあ」

「う、うん……。本当に怖い話だね。兄貴の様な生身の人間ならともかく、オイラのような機械の頭脳ですらバグが発生しちゃうんだからね」

「まあ、俺たち人間は、生きてる間にこれに似た経験はいくらでもあるもんなんだがな」

「えっ? それはどういうこと?」

「ああ、つまりだな。楽しい仲間といる時だとか、熱々の恋人同士でいちゃついている時だとか、好きな物事に熱中している時だとかはこれに近いことがあるって話さ。さすがに数十秒の感覚で一週間なんてことはあり得ねえがな」

「ふうん。人間てそういうふうに感じている時があるんだ。そう言えば確かにアイ姉ちゃんも、兄貴と出会ってそんなふうに感じていたみたいなことを言っていたような気が……あっ!!」

「けっ! もうちっと気ぃ遣えや、このバカ烈が! ホント、テメェって奴は……」

「ご、ごめんよ兄貴。でも、オイラのアーカイブにいるアイ姉ちゃんは、いつもそんなこと言ってるよ。兄貴に出会えてとっても感謝しているって……」

「ふん、そりゃあテメェの中にあるデータが作り出した幻に過ぎねえじゃねえか。それじゃあ、あのアヴェルの兵器が生み出した悠里子の幻影と何も変わりゃしねえ」

「そ、そう言われちゃうと身も蓋もないけれど、それでもアイ姉ちゃんは……!!」

「ん? ……おい烈、黙れ」

 そこで正太郎はハッとし、烈太郎の言葉を制した。

「ど、どうしたの? 兄貴、あんまり怒らないで。気に障ったのなら謝るから……」

「チッ、そうじゃねえよ。……テメェ、話に夢中になり過ぎて、この殺気に気付かねえのか?」

 正太郎は何気ない様子でテントの撤収をする素振りを見せながら、瞳だけが動き辺りの動向を窺っている。

「ご、ごめんよう兄貴。オイラ、ここの人達を疑いたくなかったから、人感センサーを切っちゃっていた」

「へっ、そういう所がテメェらしいや。このお人好し人工知能が!」



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