野望の⑯
正太郎は、まだアイシャを巻き添えにしてしまったことを悔やんでいた。自分の中にある甘さが、彼女を失ってしまった原因だと考えているからだ。
「ふうん、流石の背骨折りにも色々とあるようね。でもね、一応察しは付いているのだけれど、辛いのはあなただけではないのよ。ここにいる全員が皆同じ目に遭っているの。そういうこと考えて?」
「何? ここにいる全員がだと!?」
「ふふん。そうやって驚いているところを見ると、あたしの予測は的中したということね。そうよ、ここにいる全員が、あの不思議な泡の攻撃から逃れられたってわけ。つまりは、あなたと同じような境遇の持ち主ばかりなのよ」
エナは、いつの間にやらわいわい騒ぎながら、朝食の支度を始めている荒くれ兵士たちを指差した。
エナの説明によれば、この兵士たちは第十三寄留の生き残り部隊の寄せ集めなのだという。その中でも、あの不思議な泡状の精神攻撃に一旦は巻き込まれたものの、何らかの理由で離脱できた者がここに存在しているとのことだった。
「ね? 噂には聞いていたでしょうけど、あたしたちの住んでいた第十三寄留ムスペルヘイムは、ここ第十五寄留ブラフマデージャ同様その原型を留めないまま崩壊したわ。あたしは、たまたま他の寄留に用事があって出掛けていたのだけれど、帰路についた途端にあの忌まわしい肉食系植物の襲撃に出くわしてしまったの。そしてその後は多分あなたも見てきた通り、変な泡状の精神攻撃を受けて殆どの人達が小さな粒状の物質に変化させられてしまったわ。一応、あたしには親衛隊と呼ばれるお付きの兵士がいるから、何とか難を逃れられたけれど、ムスペルヘイムの国民も軍隊も全滅に近い状態だった。そこで、親衛隊の人達と一緒に命からがら逃げてきた生き残りがこの荒くれ集団だったってわけ。見た目にはこんな感じの人達ばかりだけど、本当は根がいい感じの人たちばかりなのよ」
エナは言いつつ、薄っすらと涙を溜め込んでいた。どんなに突きん出た能力を有する天才少女だとは言っても、そこは一人の女の子である。普段の生活からは想像もできない耐え難いものを、その小さな瞳で目の当たりにしてきたのだろう。さらに正太郎同様、戦術家目線でものを考えた時、耐え難い無力感に苛まれていた筈だ。
戦略家とは何も、その作戦や戦闘で功績を上げることだけが目的ではない。いかに、戦死者や被害を出さずに運営を図るか考えるのも戦略家の役割の一つなのである。
戦略家の究極の理想は、戦わずして勝つこと。なぜなら、終戦を迎えた時にその方が互いの国の運営がわだかまりを持たずに機能し易くなるからだ。
そう言う意味で、正太郎とエナ・リックバルトの理想は合致していた。五年前の戦乱で攻防を交えた時、なぜかその究極の理想形がハッキリとお互いに感じ取れ合ったのだ。
だから深く印象に残っていた。だから目が飛び出すぐらいに驚いたのだ。その究極の理想的戦略を感じ合った相手が、まだ年端もいかぬ8歳の子供であったという事実に。
「す、すまねえ。俺ァ、ここ最近自分のことばかり考えて、まるで精神的に一杯一杯だったぜ。今回はキミに完敗だ。参ったぜ、ホント……」
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