アルサンダール家の⑤


 アイシャは必至だった。もし、正太郎がこのまま悠里子の幻影に引き込まれ融合されでもしたら、それはアルサンダール家の恥でしかない。

 いや、それよりも、掛け替えのない存在となってしまった羽間正太郎が、過去の幻影たる日次悠里子という女性に心底惚れ込んでいる姿を見せられているのが忍びなかった。

 正太郎の姿は、見る見るうちに悠里子の姿と融合してゆく。その光景は、あの燃え盛る森の中で見た人間とフェーズウォーカーとが出鱈目に混ざり合ってしまったおぞましい物体と何ら変わりはない。

「烈太郎さん! 私をここから出して下さい。正太郎様を止めに行きます!」

 アイシャは、烈風七型のコックピットを蹴破ってでも出ようといきり立っている。

「わ、わ、アイ姉ちゃん、無理だよう! こんな怪しい場所でアイ姉ちゃんが出て行ったら、それこそアイ姉ちゃんまで溶けちゃうよう!」

「それは承知の上です! 今、あの方を救えるのは私しかおりません! いいえ、私がそうしたいのです!」

「それはダメだよう、オイラが代わりに行くから、アイ姉ちゃんはここに待って……」

「いいえ、烈太郎さん! あなたはここにいてください。あなたは、あのおぞましい光景を見て何も思わなかったのですか? もし機械のあなたがここで取り込まれでもしたら、もう取り返しがつきません。それに……」

「それに?」

「それに、正太郎様をお救い出来たとなれば、その後のあなたの役目がきっと出来るはずです。それを考えれば、今は私があの場所に行くのが妥当なのです!!」

 アイシャの迫力は、烈太郎に反論を返す余地を与えなかった。これは論理的な問題ではない。当人の意地の問題である。

 烈太郎は渋々コックピットのハッチを開けた。烈太郎は以前にも同じようなシチュエーションで、正太郎を失いかけた経験がある。それだけに不安しか募らない。

 だが、ここはアイシャの言葉に従うしかなかった。なぜなら、機械の自分がこの状況に足を踏み入れてしまうのはとても無粋な気がしてならなかったからだ。

 人工知能の烈太郎には、人間の愛憎という感情がまだ理解できていない。どんなに最先端の一時代を築いた人工知能――烈太郎と言っても、そこはまだ人間で言えば子供のようなもの。

 アイシャにとって、正太郎が幻影として出現させた最愛の人物が自分ではなく、遠い過去の人物である日次悠里子であったことが悔しくてたまらないはずである。そこに気付いていないがゆえに、烈太郎はアイシャの無謀ともいえる感情の先走りを抑えることが出来なかったのだ。

 アイシャは、烈風七型のコックピットを飛び出すと、一目散に正太郎たちが溶け合っている場所に駆け寄った。




 

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