激突の⑳


 彼女のその言葉を受けて、正太郎には幾人かの人物の顔が浮かんだ。

 言うに及ばず、反乱軍という集まりは、魑魅魍魎の巣となり得る危険性を孕んだ場所でもあった。物事の順序を建設的に異論立てて大義名分としているようなところもあるが、その構成人員の多くは個人の恨みつらみや不満の鬱積みたいなエネルギーの集結でもあった。

 正太郎が、反乱軍の兵士として参加した要因は、一つに、

『ヒューマンチューニング手術のような技術の施しが、新政府樹立と共に強制的に行われようとしたこと』

 そして二つに、

『人類が生き残るためには、個々の能力を存分に活かせるだけの適応力が必要である』

 と考えていたこと。

 二つ目の考え方は、ヒューマンチューニング手術のような技術を人体に施された場合、人間の考えも行動もトータル化されることで役割が均一化してしまい、何らかの障害が起きた時に全滅してしまう可能性が高まってしまうという結論である。

「俺ァな、アイシャ。今まで生きて来て色んな奴の色んな場面をこの目で見てきたつもりだ。つまりよ、どんなに高性能な武器が百万台あったとしても、こんなちっこい缶切り一つが手元に無ければ目の前の缶詰を綺麗に開けることさえ出来ねえ。それが現実さ」

「はい、それが正太郎様のお役目なのです」

「だがよ、いつの時代も人間という生き物は錯覚を起こしちまうものなのさ。今の技術革新こそが神の領域に近づいた最高な世の中だ、なんてな」

「それが、正太郎様を反乱軍に参加させた動機なのですね」

「ああ、そうさ。……そりゃあ俺だって、目新しい物は大好きさ。新機能だとか最新技術だとか耳にしただけで気分はウキウキするし、色々と想像も膨らむからな。そうじゃなきゃ、商売人なんて酷な仕事はやってられねえよ。でもよ、そこで大抵の人間は目的を見失っちまうんだよな。夢のような技術に浮かれて何でそれがこの世に生まれ出てきたのかってことをよ」

「そう、人々は想像できる限りの万能な神に近づきたいという欲求がある……」

「ああ、その時点で小せえと思わねえか、アイシャ? それっぽっちの欲求だぜ? そんなちっぽけな欲求のためにグチャグチャどうのこうのと諍い合うんだからな。反乱軍にだって新政府軍にだって本気で人類を良い方向に生き延びさせようなんて考えている輩なんて一握りしかいなかったんだ! あの戦乱の時点で!」

「正太郎様……」

「だから俺はあの場所から逃げちまったんだ……。情けねえ話だがよ。――俺ァよ、その昔、好きな女を時代の流れに殺され、世話になった人たちもその事件に巻き込まれたことで、この世界はクソみてえな奴ばかりだなんてヤケになっちまっていた。だがよ、きみの父親のゲネックのおやっさんや、俺みてえな半端者のことを慕って命懸けで会いに来てくれた小紋のことを思うと、世の中も捨てたもんじゃねえって感じるようになったんだ――すまねえ、俺よりも一回りも若いきみにこんな話を愚痴っちまって……」

 するとアイシャは、正太郎の頭をそっと胸に抱き寄せて、

「いいえ、よく話して頂きました。私はとても嬉しい……」

 そう言って、しばらく彼の髪を優しくなでる。

 そこに、突然の警告音が鳴る――

「緊急事態発生! 緊急事態発生! 当寄留に、未確認飛行物体が接近中! 直ちに戦闘員は各部署の指示に従い、防御態勢に入られたし! 直ちに防御態勢に入られたし!」

 優雅な装飾を彩った夜具が設えてある特別間に、似つかわしくない緊急事態放送の声。たちどころに二人の時間は遮られた。

 それでも二人は、まだ互いの吐息を感じながら、

「正太郎様、私はこのまま離れたくありません」

「そいつぁ、俺も同じさ、アイシャ……」

「でも、あなた様は、それではいけない人なのです」

「ああ、分かっているさ。俺ァ、恍惚と不安の狭間に生きてこそ活きる男だと言いてえんだろ?」

「ふふふ、こんなに解かり合えているなんて、なんて素晴らしいことなのかしら」

「ああ、とても有意義だったぜ」

「御武運を……」

 彼を見送るアイシャの背中は凛として美しい物であったが、同時に自らの才覚による本能に逆らえぬ寂しさというものが窺えた。



 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る