激突の⑲
「ゲネックのおやっさんがそんな事を――?」
確かにゲネック・アルサンダールという男には、そういった他にはない先を見通す力のようなものを感じていたことは確かだ。だが、ゲネックは人前でそのようなことをひけらかすようなタイプではなかったため、周りの者からは現実主義者であると捉えられがちだった。
しかし、先の戦乱で共に戦った正太郎には分かる。ゲネック・アルサンダールという男は、いつも出撃の度にまるで預言者のようなことをつぶやきながら戦闘を行っていたことを。
そして正太郎自身感じていたことがある。それは、ゲネックの視線の先には、いつも死の予感めいた物が付きまとっていたことを。
「羽間正太郎。お主は時の流れを良き方向にも、悪しき方向にも両極端に変えてしまう力が備わっている。これはどんなに金を注ぎ込んだとしても、どんなに努力を重ねたとしても容易に出来得ることではない。――かつて、気の遠くなるような遠い昔、我々の人類の祖先は一つの果実を授けられた。人々は、その果実を見て何も感じる事はなかった。しかし、中にはお主のような変わり種がいて、一目見ただけでその果実の本質を捉え、それを理解出来ぬ者たちに分かり易く伝えてしまったのだ。それが悲劇となるか否かは未だに解かり得ることではないがな――」
まったく、ゲネック・アルサンダールという男が言うことは、とても分かり難い言葉で埋め尽くされていたことを思い出す。
正太郎は当時、商人上がりの一戦闘員だったところを、百戦錬磨のゲネックに気に入られ、戦場の何たるかを教え込まれたのだ。そして正太郎はその期待に応え、乾いた土に水が沁み込むが如く勢いで技術を習得していった経緯がある。いわば、ゲネックは精神的な部分も技術的な部分も鍛え上げてくれた恩人である。
「正太郎様。あなたが世界を滅ぼしたいのなら、私はそれでも構いません。でも、私は生まれ来る子供たちの為にこの世界を良き方向へと誘いたいと思っております。どうか、それを願う私たちにお力添えを」
アイシャは言いながら、また下腹の辺りを優しくなでる。
「ま、待ってくれよ、アイシャ。確かに俺ァ、ゲネックのおやっさんには世話になったし、すげえ恩義を感じている。だけどよ、俺自身がきみやおやっさんの言う通り、大それたことが出来る人間じゃあねえと思うんだが……」
「いえ、それは正太郎様御自身が見当違いをなさっているに過ぎません。事実、先日のように私たちのこの地を救ってくれたではありませんか」
「いや、それはたまたまだよ。たまたま敵が見えただけで、たまたま上手くいっただけで……」
「そうです、それなのです。普通の人には、そのたまたまという事象が永久に訪れません。正太郎様だから、たまたまが訪れたのです。たまたまはたまたまであるのですが、たまたまを呼び込む力はたまたまではないのです」
「なんか、謎かけみてえにこんがらがる言い草だな。でもそれ、何となく分かるぜ。確かに、あの時擬態化した肉食系植物が見えたのは、たまたまであってたまたまじゃねえことがな」
「正太郎様。もうお気づきになっていると思いますが、私もそのたまたまという目を持った一人なのです」
「ああ、それは分かっていた。でなければ、ゲネックのおやっさんの話を聞いた時点で俺に興味なんか持たねえからな」
「はい。それは逆に、たまたまという目を持った者同士でなければ気づけない領域なのです。当然、その目を持つ者同士は惹かれ合います。今の私たちのように。だからこそ、この出会いは私個人にとって僥倖であると申し上げました」
正太郎は、このアイシャという娘とまるで以前からの知り合いであるような錯覚に陥っていた。これほどまでに感覚的に理解し合える人間と出会えたのは、これで何人目であろうか。
小紋。マリダ。ゲネック。そしてアイシャ――
皆、言葉を多く重ねずとも言葉を幾重にも交わしたような気分になる連中ばかりである。
「正太郎様。私は思うのです。この度の正太郎様が仰っていた植物たちの進化の裏に、私たちのようなタイプの人々が絡んでいるような気がしてならないのです」
「例えば?」
「そうですね。例えば、私たちのような感覚を持ちながら、ひどくこの現実に恨みを抱いていたり、誰か特定の方に劣等感を抱いているような人であるとか」
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