第四章【囚われの小紋】

囚われの①ページ


 ※※※


 鳴子沢小紋とマリダ・ミル・クラルインの二人が潜入調査に失敗し、秘密結社ペルゼデール・オークションに囚われて一週間以上が過ぎた。

 彼女らは、新国家建国を企てようとするペルゼデール軍指揮の下、特殊武装した憲兵に連行され、裁判も行われぬまま政治犯専用の拘置所へと送られた。

 裁判――

 この新国家には元来、裁判や国会などという概念は存在してない。何故なら、旧来の国家のような善悪や法律、または憲法、議論といった役目は中央システムがその役目を果たすからだ。その為のペルゼデールPASであり、その為の革命であったのだ。

 ペルゼデール・オークションが実質統治する以前のヴェルデムンド政府も同じようなシステムの統治が行われていたようにも思われるが、民衆一人一人にA・Iカウンターリングを装着させることにより、その行動も中央システムが全て把握できることから以前より統治が潤滑に行われるようになったのだ。

 その成功の陰には、善悪の価値基準による仮想通貨の報酬を決めるシステムが功を奏したと言える。

 そのシステムは単純で、ペルゼデール・オークションの定義した善が行われればそれに見合った報酬が支払われ、定義した悪が行われれば財産が差っ引かれるというものである。

 人々は生活の為に止むを得ず受け入れる者も少なくはなかった。がしかし、その逆に中央システムに逆らわずに定義された善の行為を行っていれば安全で裕福な生活を手に入れられるということで、一般的には諸手を挙げて歓迎する動きの方が多かった。

 その背景には、やはり凶暴な肉食系植物の存在が大きく関与していた。

 このヴェルデ・ムンドという世界は、どう転んでも植物がヒエラルキーの頂点に君臨する大地である。我々の住む元来の地球であるならば、自然は自由自在にコントロール出来ないにせよ、人間の力が及ぶ限り人々が大手を振って渡り歩くことが出来る。

 しかし、この大地は気象変動などの自然現象以外にも、何万種類にも及ぶ肉食系植物の顔色を窺って生きて行かねばならないのだ。

 資源や食料に事欠かない大地であるにもかかわらず、病死や寿命以外の死亡率は近代の大戦中とほぼ変わらない。

 この世界に足を埋めに来た人々の殆どは、その地獄絵図のような惨状からどうあっても目を背けていたいという無意識の心の表れが出て来てしまうのだ。

 この巨大な植物があるために飛行機も飛ばせない。この凶暴な肉食系植物がいるために詳細な地図も作れない。空に衛星を打ち上げようとしても、巨大なつる植物に故意に邪魔をされ撃墜されてしまう。

 そんな鳥かごのような世界での人々の鬱積が、先の非情な戦乱を招いたとも囁かれている。

 このような状況で、人々がそれぞれの求むパラダイスを夢想してしまうのもやむを得ない事であった。

 

 特殊憲兵によって政治犯扱いとなった鳴子沢小紋も、その民衆の真意を理解していた。

「僕だって、お父様にヒューマンチューニング手術を頭ごなしに反対された身だもの。この世界がとっても怖い所だってよく解かってるよ。まあ、最初っから受けるつもりはなかったけれどね……」

 彼女は備え付けのベッドに横たわったまま、拘置所の一人部屋の天井を仰いでいた。

 この一週間、拷問も尋問もされることなく、ただこの政治犯専用の隔離部屋に連れてこられ、放置されたままなのだ。ある意味、相手に何のアクションもないのでは情報収集すらできない。

 小紋は、ミシェル・ランドンの通報によって捕まるや否や、女性憲兵による身体検査を受けたのち、その性別と身体的特徴――すなわちネイチャーかミックスか、もしくはドールであるかの判定を下されて、それ専用の拘置所へと搬送された。その時点で、マリダとは別れ別れになってしまったままだ。

 無論、小紋はネイチャーであるがゆえに外界との交信などの機能を体内に有しておらず、破壊機能を身体に隠し持っているわけでもない。

 だが、マリダはこのヴェルデムンド内でも五指に入るほどの特殊なアンドロイドと噂される存在である。ペルゼデール・オークション側も、その扱いには相当な気遣いを要していることだろう。

 それゆえに、彼女はこんなことを考えてしまう。

「僕の存在って、この世界では半分以上がマリダのお陰って感じだったんだなあ。なんかショック……」

 小紋がこの世界に足を踏み入れて以来、片時も離れずにいてくれていた存在。それが彼女の秘書官という名目で与えられたマリダ・ミル・クラルインである。

 “彼女”は言うに及ばず、まるで小紋が生まれ出たときから知っている姉のようなポジションでいてくれていた。

 出会い始めの頃は言葉数も少なく多少事務的な面も見受けられたが、やがて場数を踏んでゆくと、それまで出会って来た生身の人間以上に心を通わす場面も多くなってきた。

 そして彼女は、マリダにこの世界に足を踏み入れた本心を語るまでに心を許すようになると、

「小紋様、わたくしは全力で小紋様を応援します。ずっと……」

 そう言っていつでもサポートしてくれていた。

 そのマリダの言葉は全く嘘ではなかった。それが証拠に小紋は今の今まで、この野蛮な世界で五体満足のまま生き延びてこられたのだ。これ以上のサポートがあるものだろうか。

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