囚われの②ページ
小紋がこのヴェルデ・ムンドに渡界してきた理由は二つある。
その一つ目は、まだ地球生活での学生時代に、“
そして二つ目が、父、鳴子沢大膳が以前から家族の誰にも真相を話さずに包み隠そうとしている何かに気づいてしまったこと。
この二つの興味が彼女の好奇心を駆り立てて、この野蛮極まりない大地に足を踏み入れてしまったのだ。
彼女は、この二年近くもの間、マリダの献身的な助けもあり発明法取締局のエージェントとしてかなりの実績を上げていた。それに付随してかなりのコネクションも築き上げ情報も得られるようになった。それは、一介の新米女性エージェントには有り余るほどの功績だった。
無論、そのコネクションとは、羽間正太郎という特別な人物との接点により築き上げられたものだ。
羽間正太郎は、戦乱時代に反乱軍の背骨折りと言われたほどの最重要人物である。しかし、戦乱も後期になると、突然フッと謎の失踪を遂げてしまった。そしてその後は、その居場所さえも謎のままになっていた。
小紋は、彼の居場所を探るべく、
「奴なら、武器商人まがいのブローカーをやってるよ」
などという裏情報を頼りに、この世界の至る場所の寄留地を奔走しまくった。それは言わずもがな、命の危険を伴う波乱に満ちた冒険の連続でもあった。
そして苦労の末、毎度毎度彼の隠れ家を特定するのだが、行き着く先はいつも踏み込んだ時にはもぬけの殻。彼は一ミリの足跡も残さないほどの徹底ぶりで、その度に振出しからの捜査の繰り返しだった。
唯一救いだったのは、決まってマリダが励ましてくれたことだった。
「まったくお父様ったら……僕が羽間さんと今のような関係を築き上げるまでどんなに苦労したと思っているんだよう……」
小紋は、父親である大膳とのやり取りを思い出すたびに、ついついそんな言葉を口走ってしまう。
なぜなら、ようやく初めて羽間正太郎を見つけ出し直接顔を合わせられた時には、思わずボロボロと大粒の涙をこぼれ落としてしまったぐらいなのだ。
にもかかわらず大膳は、
「この半年以内に、このヴェルデムンド内を暗躍している政治結社の存在と目的を明るみに出来なければ、当初の約束通りお前は元の世界の日本へ帰還してもらう。いいかね、分かったかね? 小紋」
の一点張りである。
人の親なら当然そう言うだろうと分かっていても、小紋としてはそれで納得がゆくはずがない。
もうこうなれば、単なる一人のエージェントとしての実績のみを示すどころでは済まされない。兼ねてから暗躍を噂されていた秘密結社ペルゼデール・オークションの実態を暴かないことには、父との兼ねてからの約束通り強制的に地球へと送還されてしまう。
そんなことから、彼女はマリダと共に必死になって独自の捜査を行っていた。
そしてあの氷嵐の晩である――。
小紋とマリダは、独自に調べ上げた情報を羽間正太郎の助言を基に整理しようと出向こうとしていた。そんなところを、17機の編隊を組んだ謎のフェーズウォーカーの集団に奇襲を受けてしまったのである。
あの晩、彼女は羽間正太郎に対して漂々とした態度を取っていたように見えるが、実のところかなり精神的に追い詰められていた。
沢山の情報を集め、知れば知るほど何か自分には触れてはいけない領域に足を踏み込んでしまっていることに気づいていた。
そして、もう自分の命を保っていることだけで精神的にも肉体的にも目一杯になってしまっていた。
けれどどうしてもこの世界から離れたくなかった。こんなに野蛮で生身の自分では割の合わない世界であるにもかかわらず、この地で精一杯暮らしていたかった――
彼女はもう、そんなどうしようもなく熱く純粋な衝動に駆られてしまっていた。だから羽間正太郎という掛け替えのない人物に助けを求めてしまったのだ。
だが、今更になってそれは自らの欺瞞に過ぎなかったことに気づいてしまった。
結果、自分のせいであの氷嵐の晩を境に羽間正太郎は生死の境を彷徨うことになった。そして結局、捜査の対象として追っていた秘密結社は
「僕は、何のためにこの世界に来たんだろう。僕は今まで何のために捜査を行おうとしていたんだろう……。結局、それはみんな自分の為だったんじゃないか。結局、僕の自己満足のためだったんじゃないだろうか。そんなことで僕は、羽間さんをあんな目に遭わせてしまった……」
彼女は後悔ばかりが募り、この一週間ろくに眠れていない。
そんな折、
「政治犯、鳴子沢小紋出ろ!」
と、隔壁に設えられたスピーカーから威圧的な声が発せられた。
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