⑥ページの騎士


 セシルが今回の対決で使用する機体は、フェイズウォーカーBNG-508改、人呼んで白蓮びゃくれん改である。

 この機体は、言わずと知れた中華系資本ウァンミンが、近接戦闘用に特化した戦略を旨に製造した古式ゆかしい教科書のような操作性が特徴うりにした物である。

「私がこの機体を選んだのは、実戦を黒塚くんに客観視してもらって戦略的なノウハウを教えたかったからよ。さあ、私の動きの細部までよく見てるのよ、黒塚くん」

 今のセシルの脳裏にあるのは、あの氷嵐の晩での戦闘の記憶だった。

 あの日の戦闘で、彼女はフェイズウォーカーすら使用していない羽間正太郎に意のままに操られ撃破された。そして、極寒の中で服を剥ぎ取られてしまうという戦士としても女としても耐え難い屈辱を受けてしまったのだ。それならばいっそのこと、

「一思いに殺してくれた方が良かったのに……」

 と、何度悔いたのかも思い出せないほど悔いていた。

 しかし、彼女は黒塚勇斗にあの晩のことを正直に打ち明けられたことで全ての考えが方向転換した。

「生きるのよ、生きて生きて生きまくるのよ。そして、あの辱めを受けた羽間正太郎という男にいつか一矢を報いてやるのよ」

 そんな思いが湧き立っているのだ。

 無論、この時点で彼女は、羽間正太郎が死んだものと思っている。その分、羽間正太郎という、もうこの世に存在しない男を黒塚勇斗に重ね合わせ、

「彼に、あれ以上の強い男になって欲しい」

 と、過度に期待を寄せているのだ。

 セシルは、白蓮改に搭載している人工知能“ネフィリム”に問いかける。

「ねえ、ネフィリム。アナタと私はこの隊からの付き合いだけど、あの娘に肩入れなんかしていないわよね」

「何ヲ仰っているのデス、セシル曹長。ワタクシはそのようなフシダラな考えを持ったAIではありませんヨ。ワタクシは一応これでもアナタのファンなんデス」

「あら、機械のくせにお上手なのね。気に入ったわ。これで私は安心して戦える。攻め方は打合せ通り、あの手順でお願いね」

「了解イタシマシタ。デモ、本当に大丈夫ナノデショウカ?」

「いいのよ、そういう意味では私の体は、どちらかと言えばアナタ達に近いのよ。そのぐらいへっちゃらよ」

 セシルは戦闘開始の合図が掛かる前に、自らの体にプロテクターを装備し、白兵戦用のヘルメットを被った。無論、彼女の作戦は、あの氷嵐の晩に羽間正太郎がやったあの手順を模したものである。

 彼女は生きると決めた以上、どんなに憎い相手の作戦だろうと使えるものは使おうと心に決めたのだ。

「私があの晩に、あの男に不意打ちを食らったのは、私の中にあの男以上のものが見えていなかったからよ。でも、私はあの日の屈辱を味わったことで見えなかったものが見えてきた。戦いはあるがままのセオリーだけじゃだめなんだってことがね」

 戦闘は正午の時報をもって開始される。だが、いくら日中であると言っても、このヴェルデムンドの大地は小さくとも直径五メートル以上もある大木が鬱蒼と生い茂った大密林の中である。日の光は当然のように届かず視界は最悪である。

 そして足場も冬場とは違い、地球でいうところの電信柱のような大きさのと葉っぱが山のように積み重なり進路を遮っている。

 その積み重なった山に無闇に足を突っ込めば、たちまちその下側に流れる濁流に飲み込まれてしまう事さえある危険地帯なのだ。

 そのような場所で、彼女の相手をするミシェル・ランドンがフェイズウォーカーと二手に分かれて仕掛けてこようとは思わないだろうという作戦である。

「この私が、伝説のゲリラの真似事をするなんて一年前には絶対に思いもよらなかったわ」

 セシルが簡易投擲砲の準備をしつつつぶやくと、

「サスガのワタクシメも、アナタのような可憐な女性ガ、ソノヨウなことを思いツクトハ思いモシマセンデシタ」

 人工知能のネフィリムが返してくる。すると、セシルは目をまん丸くして、

「ねえ、今どきの人工知能ってみんなそんなことを言うの? まるで女ったらしね」

 セシルは思った。きっと戦闘用の人工知能もパイロットの緊張をほぐすために、こんなことを言うように進化したのではないか、と。

 そう言った意味で言えば、黒塚勇斗と出会う前の自分は人工知能よりも気の利いたことが言えていなかったような気がする。何とも皮肉なものだと彼女は思う。

「ねえ、ネフィリム? 今日の私の運勢ってどんなかしら?」

「ウンセイですか? アア、女性が特に好きなモノデスネ。イイデショウ、ヤッテミマス」

「ええっ!? 出来るの? 冗談で言ったのだけど……」

「ドウゾ、ドコカ好きなボタンを押してクダサイ。コックピットの中ならドコデモイイデス」

 セシルは、ネフィリムの意外な対応に戸惑いながらも、恐る恐る目を瞑りながら適当な場所にあるボタンを押した。すると、

「発射ーっ!!」

 と、いきなりネフィリムの掛け声とともに、白蓮改の肩に装備されている機銃が火を噴いた。

「な、なにしてるの、ネフィリム!?」

 まだ戦闘開始の正午まで十分以上もある。にもかかわらずネフィリムは銃を撃ってしまった。

「当たーりーっ!?」

 セシルの心配を他所に、ネフィリムがおどけて見せる。すると、近くに聳え立っている木の枝の部分から一人の兵士が落下してきた。そして、その兵士をモニターでズームすると、

「セシル曹長。一丁上がりデス」

 と、ネフィリムはさも当然のように言ってのける。

「こ、これはどういうことなの、ねえ、ネフィリム?」

「エエ、ワタクシの予測にヨレバ、キットこの兵士は相手側、ミシェル兵士長から依頼を受けたヒットマンかとオモワレマス」

「何ですって!?」

 どうやらネフィリムは、待機中のセシルとの会話をやり取りしている時点で、このヒットマンに気づいていたらしい。そして、彼女との会話のやり取りから作戦の危険を考慮して先手を打ったというわけだ。

「ということは、こちら側の作戦も読まれていたってわけね。なんて恐ろしい女なのかしら……」

 ネフィリムの機転が無ければ、少なくともセシルは作戦通り白蓮改から出たところを撃たれていた。

「この戦い、どうやら只では済まなそうね……」

 彼女は思わず唾を飲み込んだ。



 

 


 

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